「...ごめん...お父さん...変なこと言ってなかった?」
「...うーん...まぁ、大丈夫」
「...大丈夫...?」
「うん」
結局、清人の奴は来なかった。
なんか用事があるとか言っていたが大方の予想はつく。
「えっとね...ここの問題は...計算するときは...この公式を使って...」と、体を密着させてくるが本人は全くそのことに気づいていない。
シャンプーのいい香りがする。
近くで見ると本当にきれいな肌をしていて、かわいいし...胸も大きい。
何事にも一生懸命で努力家で...、恥ずかしがり屋で少し怖い一面を持っている。
きっと、真凛ちゃんと出会っていなければこの子と付き合っていたのだろう...なんて、少し最低な考えをしてしまう。
「...それで...ここを...あっ!!//」と、ようやく距離感が近いことに気づき、サササっと距離をとる。
そのまま顔を真っ赤にさせると、少しうつむき加減になってしまう。
「...ごめんね?大丈夫?」と、声をかけると自信満々な笑顔で「大丈夫だよ」と笑う。
あの時と同じだ。
思い返せばあの少し怖い七谷さんもこんな笑顔をしていた。
そのまま、どんと俺を押し倒すとそのまま無理やりをキスをする。
「...ちょ...何してるの?」
そして、ボタンを一つずつ外し始める。
「だから、既成事実を作っちゃえば早いんだっての。恋だの、愛だの、くだらない。結局は性欲や生存本能からくる感情でしかないのに、どうして人間はなんでも理由を...それももっともらしい理由がないと納得できないなんだろうね」
「ちょっ、七谷さん...」
「どうせあの女とはまだこういうことはしてないんでしょ?なら私が教えてあげるよ。この世で最も気持ちいいこと」
「待ってよ...ちょっと...」
「待たない。私が何年待ったと思ってんの?私がどれだけ頑張ってきたと思ってるの?」と、俺を手を取ってそのまま無理やり胸に押し当てる。
「別に好きになれとは言わない。けど、好きにしたらいい」
前に真凛ちゃんに言われたことが脳裏をよぎる。
『どうせ私を1番って言ったのは建前で、本当は海ちゃんが1番なんでしょ。可愛いもんねー。女の子らしくて、小動物みたいで。守ってあげたくなるもんねー』
あれは当たらずとも遠からずな発言だった。
そりゃ俺だって真凛ちゃんが一番可愛いとは思っていたが、俺にとっては高嶺の花...どころかエベレストに咲く大輪だった。
だから俺は七谷さんのことを見てしまっていたのだ。
手が届くかもしれないそんな美しい花を...。
けど、結局俺は花の表面ばかりを見ていた。
最低な人間だ。
だから、気づくのに時間がかかった。
「...君は...誰なの?」と、手を離しながら言った。
「さぁ。誰なんだろうね。それを知ったとして何かが変わる?」
「...」
「薄々気づいてるんでしょ?」
「解離性同一性障害...」
そう告げると、仕方なく服を着始める。
「正解。けど、憑依型ではないよ。つまり二重人格とは少し違う。あくまで自分の意識はあるんだけど、まるで誰かに体を操られているような感覚に近い。正確に表現するなら洗脳や、脊髄反射とかに近いのかもね」
「...つまりそれも七谷さんってこと...だよね」
「正解。別人格とかではなくこれも私。理性型:海と、本能型:海みたいな感じかな?んで、基本的にあんたのことをストーキングとかしていたのは本能型の方の海ね。ってか、その反応から察するに身近に私と同じような人がいたっていう顔してんね」
「...」
「コメントはなしね。まぁ、OK。んで、どうする?私としては早いとこあんたと合体して既成事実を作りたいところなんだけど。付き合う付き合わないは別にしてね」
「そこを切り離すのは無理だろう」
「どこが無理なのさ。それが無理なら法律ギリギリな風俗なんていうものが成り立つわけないでしょ。いくら理性でコントロールしようとしても本能には勝てない。人間も結局は動物なんだから」
「俺は...結婚してるんだ」
「あは、なんか勘違しているみたいだけど、結婚してるからって風俗に行っちゃいけないわけじゃないでしょ。むしろ浮気をされないためにはそういうところに通わせてあげるべきなんだと思うんだよね。てか、結婚なんてもので縛らないと浮気しちゃうとか、結婚したら幸せになるとか思ってるの本当ばからしいよね。本当に愛なんてものがあるなら書類で縛る必要もないし周りの女の子が早く結婚したいとかいうの聞くと、本当あきれるんだよねー。結婚した人間が幸せになるんじゃなくて、幸せな人間が結婚するから幸せなんだよ。その順番は逆にしちゃいけないのにね」
淀みなく言葉を吐き続ける。
本当にあの七谷さんには見えない。
「...確かに真凛ちゃんのやり方は...強引だし、間違っているのかもしれない。けど、実際俺は...真凛ちゃんに惹かれている」
「違うね。碧のそれは恋愛ではなく家族愛だ。具体的に言うなら死んだ母に真凛を重ねているだけだ。別にそれが間違いとは言わない。恋愛の先にある感情こそ家族愛。詰まるところ無償の愛ってやつ。それに比べてれば学生の恋愛なんて有償の恋だ。だから、別れ際に今までのプレゼントを返せという男は強ち間違いじゃないのかもね。無償であげたものではなく有償であげたものだからその分は返さないといけない。もう一度言うけど、順番を逆にするな。愛かも恋かもわからない同士が恋愛したってうまくいかない」
「...」
言い返せなかった。多分俺が求めていたのは無償の愛だった。
だけど、真凛ちゃんが求めているのはそういうものではないことが分かっていた。
だから...いつまでも答えが出せずにいた。
「私ならどっちもあげられる。どっちも理解できる私ならね」
「...だとしても...俺は....」
「じゃあ、ちゃんと振りなよ。私のこと。さっきも手を振り払って気持ち悪いっていえばよかったじゃん。それを言わなかったのは気持ちよかったからでしょ。二人に求められるのが、好かれるのが、愛されるのが、恋されるのが」
「...」