遠征先からオリハルコンを手土産にバイロン城に戻ってきたシルヴィアは、速やかに、王都に滞在する父マクシムに状況を報せた。
つぎに、商業ギルドの設立を前倒しで進めることにして、ギルドの総元締めであるギルド協会へ申請書を提出。
取引品目には、オリハルコンの武器、防具、原石と記載があったため、レグルス辺境領で幻の鉱石オリハルコンが採掘されたことは、瞬く間に国内外に広がった。
それを受け、鉱山事業に出資を希望する領主たちが、シルヴィアのもとに続々と書状を送ってきている。
王都にいるマクシムの方も同じ状況らしく、屋敷には毎日のように貴族や軍部の関係者らが面会を求めてやってくるらしい。
そのなかには、側妃ヘレネの実家であるデロイ侯爵家の使者も含まれていたと、父・マクシムからの返信で知ったシルヴィアは、執事長のオルソンを自室に呼んだ。
「レグルス領内にいる優秀な鍛冶屋と防具屋を選定しておいてね。春までに、第一騎士団と護衛騎士隊の装備一式をオリハルコンで特注するわ。余裕があれば、バイロン兵の武器も発注するつもり」
「かしこまりました」
「それから信用できる記者を何人か城に招いて。今回のオリハルコンの発見には、セロス山の魔物討伐にあたってくれた第一騎士団の功績が大きいと大々的に発表したいわ」
「早急に手配いたしましょう」
これで、バイロン城の城下に留まらず、レグルス辺境領の多くの領民が、第一騎士団に敬意を示すだろう。それはきっと時間と共に、プロキリア王国全土に広がっていく。
そうなれば自然と、これまで第一騎士団を冷遇してきた軍部には、国民から厳しい目が向けられ、オリハルコンの供給を受けたい貴族たちは、その流れに同調するしかなくなる。
そのとき、側妃ヘレネがどう動くか。
執事長のオルソンが退室したあと、
セロス山での成果を記し、今後の展開を予想して、より良い作戦を練っていく。
「こんな感じかな」
満足して『新たな自叙伝』を魔力の渦に戻し、宝石箱を元の場所に戻すと、溜まっていた疲れのせいか、急に眠気が訪れた。
大きな欠伸をひとつして寝台に横になったシルヴィアは、そのまま深い眠りへと誘われていく。
暗闇の中──カチリ、と窓際で音がしたのは、それから1時間後のことだった。
◇ ◇ ◇ ◇
遠征から戻ってきて、ちょうど1週間が経った夜。
訓練場の近くにあるバイロン軍の兵舎では、オリハルコンが発見されたセロス山の警備について、話し合いがもたれていた。
軍議用の長卓には、バイロン軍司令官デニスと護衛騎士隊長エルマー、各小隊の隊長がいて、第一騎士団からは団長のエルディオンと上級騎士のグレイブ、それから数人の騎士が参加していた。
すでに気心が知れた仲間内なので、話し合いは終始、和やかに進んでいく。
「第一騎士団の皆さんには、本当に感謝しています。資材運びまで手伝っていただいて」
オリハルコンの発見により、セロス山の警備が長期化することは決まった。そこで、現在の野営地に仮宿舎を建てることが急務となり、昨日、建築資材を積み込んだ荷馬車10台に、
その護衛として、第一騎士団が帯同してくれたことに、司令官デニスは感謝でいっぱいだった。
本来であれば、バイロン兵が帯同するべきなのだが、明後日には同じく野営地に向けて、食材と日用品の運搬があり、兵士の割振りをどうするかと再検討していたとき、
「それなら、城に残っている第一騎士団が帯同しよう」
エルディオンが快く引き受けてくれたおかげで、昨日の早朝には、資材を積んだ荷馬車隊が出発できたのだった。
現在、バイロン城に残っている第一騎士団は、エルディオンを含めて5名だけ。今夜の話し合いには、残った騎士たちが全員参加していた。
不服そうなのは上級騎士のグレイブだ。
「俺も行きたかったんですが、くじ引きでハズレてしまって……ツイてません」
前回の遠征で食べた『幻の豚ゴールトンの丸焼き』の味が忘れられず、「次に行ったら、また仕留めてやる!」と意気込んでいただけに、落胆は大きかった。
アタリくじを引いた同じく上級騎士のジェイドに、「代わってくれ!」と頼んでも、まったく相手にされなかったと憤る。
「たしかに、ゴールトンは絶品ですからね。領主様もアレには目がなくて、たまに狩りで仕留めたときは大喜びでした」
「それがまさか、冬場のセロス山を住処にしていたとは……それを知ったら、領主様も入り浸りそうだ」
バイロン兵の小隊長たちが、アハハと声を出して笑い、来月以降のセロス山の警備計画がまとまったところで、話し合いはお開きとなった。
警備計画を執事長のオルソンに届けに行くという司令官デニスと連れ立って、自分たちの部屋に戻る途中。
中庭を通過するエルディオンの目が、視界の端に捉えた違和感を捕えた。
直後、ゾクリと背筋が冷えた。
屋根のある回廊に、濡れた足跡があった。