夕食がはじまり、シルヴィアとエルディオンが並んで座っていると、調査隊の隊長エルマーと副師団長のケイオスがやってきて、明日からの計画を話し合う。
「技師や鉱夫たちは、オリハルコンの鉱山から離れるつもりはないようですよ。もう、興奮しながら話しています」
嬉しそうなエルマーだったが、心配ごとを口にする。
「どうしますか? セロス山でオリハルコンが発見されたことは、いずれ国中に広がるでしょう。野盗や盗賊たちの耳に入れば、確実に狙われます。しばらくは緘口令を敷きますか?」
「いいえ、口留めをする必要はないわ。オリハルコンの発見は大々的にしましょう。バイロン城に戻り次第、お父様にもすぐ手紙で知らせるわ」
左手首に現れたシルヴィアの『星痕』とちがい、オリハルコンは隠すには大きすぎる。どうせバレるなら、より効果的な方がいい。ただし、そうなってくると、当然ながら盗掘の心配がでてくる。
技師や鉱夫が残ってくれるのは嬉しいが、彼らの安全を確保してあげることが急務となる。
「エルマー、周辺の警備が必要になってくるわ」
すぐにエルディオンが声をあげた。
「騎士団から10名ほど配置しよう。ケイオス、1週間から2週間前後の交替で駐留できるように組めるか?」
「問題ありません。それじゃあ、今回は俺が警備隊長として、このまま野営地に留まりましょう」
しかし、そこでエルマーが「とんでもない」と首を振った。
「騎士団の皆様に、そんな負担はかけられません。ここは、バイロン兵と護衛騎士隊が交替で……」
「いやいや、エルマー隊長、ここは俺たちに恩返しをさせてくれ」
「団長の云うとおりですよ。俺たち、野営慣れしていますから」
最終的には、騎士団から5名、バイロン兵から5名を警備隊として配置することに決まった。
そして、ここに残りたいと懇願してきた人物が、もうひとりいた。
「お嬢様、ここは食材の宝庫です。料理人として、ここで腕を振るわせてください!」
今晩の夕食に、幻の豚ゴールトンの丸焼きと、グルー鹿のシチュー、ミルルン鳥のチキンサラダを作った副料理長は、是が非でも残りたいと希望した。
料理番である副料理長の野営地残留が決定して、喜んだのは同じく残留組のバイロン兵と騎士団だ。
そこで急遽、明日からはオリハルコンが採掘された横穴の坑道づくりと並行して、駐留するための宿舎づくりが決定した。
明日以降の予定がすべて決まったあとは、オリハルコンの発見に乾杯をして、いつの間にか宴がはじまった。
焚火を囲んで仲間と楽しそうに酒を呑みかわすエルディオンの横顔を見るのは新鮮だった。
しかし、その心の奥には消すことのできない復讐の炎が燃えているのかと思うと、シルヴィアは気を引き締めた。
今後、エルディオンが暴君になるのを防げたとしても、彼のたったひとつの願いである『復讐』を成し遂げなければ、祖先シルヴィア・バイロンから託された、
『彼を幸せにしてあげること』
この使命を果たしたとはいえないだろう。
エルディオン本人の口からは、まだ復讐相手に対する言及はされていないけれど、それが母親を不審な死に追いやり、有耶無耶のまま闇に葬り去った王家であり、幸せだった日々を奪い去った側妃ヘレネであることは疑いようがない。
オリハルコンの発見により、『不遇の王子・救済作戦』の準備は、これで整った。メラメラと燃え上がる焚火を見つめ、シルヴィアは笑みを浮かべる。
元からあったマクシム・バイロンという人脈のカード。それから、あらたに加わった
これを上手く使えさえすれば、王家だろうと、狡猾な側妃ヘレネだろうと、恐れるに足らず。
転生前のシンシアは「裕福なバイロン家のお嬢様」と、ことあるごとに、意固地な学術界の重鎮やら老獪な歴史学者たちに馬鹿にされてきた。
どんなに誠実に向き合っても、ひたむきに研究をしても、認められない日々を過ごしていた或る日、こう思った。
そっちがその気なら、裕福なバイロン家の怖さを思い知らせてやろうじゃないの──と。
同じように虐げられてきた若手の研究者を味方につけ、潤沢なシンシアの個人資産を投入した研究室は、未解読の古代文字の解読にはじまり、新たな真実の解明と、メディアで大きな話題となった。
それらの研究に、歴史学会の重鎮や老学者たちは一切介入させてもらえず、メディアでも学会でも「終わった人」扱いをされはじめたところで、謝罪してきても「もう遅い」と容赦しなかったシンシア。
その非情さを目の当たりにした若手研究者のひとりで、友人の考古者デレクは、
「俺、賢い金持ちだけは怒らせずに、味方につけようと思う」
そんなことを云っていた。
転生したシルヴィア・バイロンは今、その非情さを持って王家、とくに側妃ヘレネに挑むつもりだ。
これまでエルディオンを悲しませ、苦しめてきたことを、数倍にして返してあげよう。
気づいたときには、八方ふさがり、それぐらいには十分追いつめてあげるわ。