その真意を、確認せずにはいられない。
星痕の秘匿が明るみに出れば、もとより風当たりの強い第一騎士団の副団長であるケイオスへの責任追及は避けられない。
元傭兵のケイオス・ハーデンは、数多くの戦場で戦勲をあげ、平民から立身出世して、騎士の爵位を叙勲された者だ。
その名誉と地位が傷つくのは望まないだろうし、
「第一騎士団は、俺の家族のようなものです」
大食堂で話してくれた彼が、場合によっては騎士団が解散に追い込まれるような秘密を抱えることを、そう簡単には了承しないだろうと思っていたのに、シルヴィアの予想はハズレた。
「ケイオス卿……良いのですか?」
「もちろんです。それに、シルヴィア嬢がおっしゃりたいことも、わかっています。団長には王子としての判断を、俺には第一騎士団としての判断を求めていたんですよね。団長と俺たちの間に溝が生まれないように、気を遣ってくださり、ありがとうございます」
驚くことにケイオスは、この場に同席している理由を正しく理解していた。
「その上で誓います。もとより第一騎士団は、団長であるエルディオン殿下に従います。それが、団長としての判断であっても、王子殿下の立場であったとしてもです」
迷いのない言葉に、シルヴィアは考えを改めた。
第一騎士団の絆は、とてつもなく強かった。
「ありがとうございます。こちらの都合で、エルディオン様の御立場を利用する形になってしまったばかりか、ケイオス卿には難しい判断を仰がせてしまい……」
感謝を口にしつつ、顔を曇らせるシルヴィアに「気にしなくてもいい」とエルディオンが声をかける前に、
「シルヴィア嬢が気にする必要なんて、これっぽっちもありませんよ!」
部屋には、ケイオスの軽口が響いた。
「だって、俺たち嫌われ者の騎士団ですから、報告のひとつやふたつ、怠ったところで、今さら良くも悪くもなりません。もっと云えば、エルディオン殿下なんか、嫌われ過ぎて王都に3年以上近づけないんですから。報告したくたって出来ませんよね」
ワハハと豪快に笑うケイオスのおかげで、領主室には和やかな空気が漂いはじめる。
「ありがとうございます。ケイオス卿」
「どういたしまして、シルヴィア嬢」
その後の話し合いで、シルヴィアの星痕については、第一騎士団全員に明かすことになった。
夜──
第一騎士団の隊舎として準備されたバイロン城の一室に集まり、詳細を聞いた騎士たちは、エルディオンとケイオスにつづき、全員が誓いをたてた。
「シルヴィア嬢の星痕の秘密は、命をかけて守る」
彼らにとって王家とは、すでに忠誠を誓うに値しない存在となっていた。戦場での支援や補給まで出し渋るような君主など、とうに見限っている。
彼らが戦う理由はひとつ。
不遇の王子エルディオンをふたたび王太子に冊立し、いつの日か王座に据えることだった。
そのエルディオンの命を救い、自分たちに惜しみなく治癒魔法を施してくれたシルヴィアの願いとあれば、反対などあるはずもなく、グレイブやジェイドは、自ら護衛を志願した。
「シルヴィア嬢に星痕が現れたとなると、警戒すべきは王家や神殿に限りませんよ。万が一にも漏れたら、周辺の国々が一斉に動きはじめるでしょう。俺たちもシルヴィア嬢の護衛隊に加えてもらうべきでは?」
「グレイブに賛成です。シルヴィア嬢は領主代行として視察をしますから城外に出ることも多いでしょう。オルソンさんに聞いたところ、定期的に神殿の訪問もしているようです。レグルス辺境領内とはいえ、警護を強化すべきだと思います。ここは、俺が付き添いましょう」
「いや、ジェイド、俺がいく」
「いやいや、ここは副団長の俺が行くしかない」
「馬鹿を云え、団長の俺が行くに決まっている」
「ちょっとまって下さい。それなら持ち回りにしてくださいよ。俺たちだってシルヴィア嬢のお役に立ちたい」
「よし、ダグラス。それならまず先に、云いだしっぺの俺が行こう」
結局、全員が志願して──
「順番を巡って、夜遅くまで小競り合いがつづいた」
翌日、お茶を供にしながら、寝不足気味のエルディオンから訊いたシルヴィアは、心から感謝した。
「御礼といってはなんですが、こちらを皆様に──」
家令が運んできたのは、レグルスの冬を過ごすための防寒具一式。
厚手のマントにフード付きのコート、防水仕上げの編み上げブーツから平服まで。最後にシルヴィアから革のグローブを受取ったエルディオンが、型押しされた紋章を見つめる。
「……双剣に月桂樹、バイロン家の紋章か」
「寒さが増してきましたので、取り急ぎ、保管していた防寒具をご用意いたしました」
「ありがたい」
「当家の紋章入りで申し訳ありませんが、後日、第一騎士団の紋章を入れたものを贈らせていただきます。それまでは、こちらをお使い頂き、その後、不要な分は、回収させて──」
「……えっ、そんな、回収するのか?」
「邪魔になるかと思いまして……なにか、不都合が?」
「邪魔だなんて! いや、不都合とかではなく……これで十分だ。いや、これがいいんだ。新たに作る必要なんてない。用意してもらえただけでもありがたいのに、バイロン家の紋章が付いているなんて、ずっと閣下に憧れていたから、本当に嬉しいんだ。
その言葉は正しかった。
防寒具一式を受取った騎士たちは、一様にバイロン家の紋章を指で擦ったり、頬ずりしたり、胸にかき抱いたりと、あとで回収させてくれとは云えない雰囲気だった。
シルヴィアといっしょに、その様子を見ていた執事長のオルソンが耳打ちしてくる。
「お嬢様、第一騎士団の紋章入りの防寒具はいかがいたしましょうか?」
「そうね、あんなに喜んでくれているから……我が家の紋章入りの衣類を、もっと用意した方がいいかもしれないわね」
「かしこまりました」