左手の甲を下にして、掌を上に向けたシルヴィア。
「ご覧ください」
エルディオンとケイオスに、差し出すように向けられた左手首には、白く発光する小さな星があった。
「これは……シア、まさか星痕か」
「…………なっ」
エルディオンは目を見張り、ケイオスは絶句する。
神からの祝福を受けた『星痕の持ち主』の誕生を、建国以来の悲願としてきたプロキリア王国。その星痕がいま、目の前で輝いているのだから。
「昨夜、体内から急に魔力が溢れだしてきて、数分後に鎮まったときには、
出現したときの状況を説明するシルヴィアに、うんうんと頷きつつ、
「痛みは? 体に不調はきたしていないのか? 休んでいなくて大丈夫なのか?」
心配でたまらないといった表情のエルディオンが、またもや身を乗り出してくる。
「ご心配なく。痛みはなく、体調もいつもと変わりません」
「本当か? 我慢をしているのでは? 頼むから無理をしないでくれ」
執事長のオルソンが、付け加えるように口を開いた。
「今朝がた、我々もシルヴィアお嬢様より報告を受けまして、念のため主治医に診てもらいましたが、お身体に異常は見受けられないそうです」
「そうか。それならいいが」
安堵したエルディオンが、ソファーに座り直したところで、
「ご相談したかったのは、まさに
右手で星型の模様を指差しながら、シルヴィアはつづけた。
「歴史上、星痕を持つ者は、ときの権力者に利用されやすく、場合よっては、国に混乱をもたらしてきました」
記録によると、星痕をめぐる対立は、大陸の創成期から幾度となく起きている。最終的に、内紛にまで発展した国があると、史実は伝えていた。
「そのため、慎重にならざるを得ず、わたくしとしては、両親が領地に戻るまで、
そのとおりだ。
エルディオンは、大きく頷かずにはいられなかった。
プロキリア王国初となる星痕持ちを、だれもがそばに置きたいと思うだろう。それは王家に留まらず、七聖神を崇める神殿も同じはずだ。
貴族や民衆の信仰心を高めようと、神からの祝福を受けたシルヴィアを『聖女』としてまつりあげ、神格化するにちがいない。そうなれば、会うことすらままならなくなってしまう。
それはダメだ。
そんなことは、絶対に許せない。
そう思ったとき、エルディオンの背中に悪寒が走った。
脳裏には、狡猾な側妃の顔が浮かぶ。
最悪の可能性が、まだあった。
義弟である王太子リュカリアスか、それに次ぐ王位継承権をもつマーカリオスの妃に、星痕を持つシルヴィアを据えようと、あの女が動き出すことだ。
得も言われぬ不快感に、エルディオンの顔が険しくなる。
妃として義弟のとなりに立つシルヴィアを目にすることは、ともすれば会えなくなることよりも、耐え難い苦しみになりそうだった。
これまで、あらゆることに耐え忍んできたが、たぶん、俺は耐えられない。
まだ出会って2日だというのに、シルヴィアのことになると、どうしてこうも感情の抑えがきかなくなるのだろうか。独占欲が沸き上がる。
これではダメだと、頭ではわかっていても、本心では「誰にも渡さない」と叫びたくて仕方がない。
星痕についても、白く輝く星を目にした瞬間から、王家には絶対に知られたくなかった。シアが望まないのであれば、ずっと隠し通してやりたいぐらいだ。
しかし現行プロキリア国法では、星痕が現れた者は、王家への速やかな報告が義務付けられている。そのことは、シルヴィアも十分理解していた。
「お二人にご相談したかったのは他でもなく、王家への報告義務についてです。父が領地に戻ってからの報告となれば、義務を怠ったとして国法に抵触するおそれがあります。そこで、エルディオン様にお願いがあるのです」
「俺に? 何ができる?」
何でもしてやりたい。
何でも聞いてやりたい。
その様子を横目でみているケイオスの、やれやれといった表情にも、エルディオンは気づかなかった。
「万が一、報告を怠ったとして責を問われたとき、第一王子殿下であるエルディオン様に『星痕』をお見せしたということで、王家への報告義務を果たしたという形にさせていただけないでしょか」
「なるほど」
ほぼ同時にエルディオンとケイオスが、納得の声をあげる。
「ただ、そうなると、エルディオン殿下を巻き込んでしまい、第一騎士団の皆様にも何かしらの影響はあるでしょう。それで、ご意見をお聞きしたく──」
「俺は、一向にかまわない」
半ばかぶせるように即答したエルディオンの声は、とても明るかった。
「話してくれてありがとう。星痕の件は、閣下がお戻りになるまで決して漏らさないと誓うし、王家が何か云ってきたら、すべて俺の責任にしてしまえばいい」
「俺も誓います」
ここで、副団長のケイオスまでがあっさりと了承したことに、今度はシルヴィアが驚いた。