その夜だった。
左の掌から手首にかけて、シルヴィアはこれまで感じたことがない魔力の波動を感じた。
体内にあるすべての魔力が、左手に集中していくような感覚。
これは、もしかして──
心当たりはあった。瀕死のエルディオンを治癒したときも、これに似た魔力の波動を感じていたし、『自叙伝』には、ちょうどそのころ、
* * * * *
こんな形よ。
《 ✡ 》
大きさもコレくらい。
* * * * *
下手くそな絵で祖先シルヴィアが描き、
『星痕』とは、その名のとおり、星型の紋様が身体の一部に浮き出ることを差す。
『天から魔法の才を与えられし者、その身に使命の星が宿る』
──と、あった。
太古より、星痕は神からの祝福であるとされる。
これまで星痕を持つ者が現れた国は、神からの恩恵を授かったとされ、泰平の世をたどった。
現在、公表されているのは、緑に光る『風の星痕』を持つ、大陸の西側エスカトル王国の王女と、南側の小国セロンにいる赤く光る『火の星痕』を持つ大神官のみ。
星痕の出現者の扱いについては、公表、非公表を含めて各国の取り決めがあるが、プロキリア王国に関しては、王族への報告が義務付けられていた。
いま、シルヴィアの左手首にあるのは、白く発光する『光の星痕』で、プロキリア王国初となる星痕出現者となったわけだ。
ちなみに読書嫌いだった祖先シルヴィアは、左手首に現れた
しかし、その頃には、すでにプロキリア王国は滅亡しており、非公表のまま隣国で過ごしたと綴られていた。
結局、本人が意識をしなければ、星痕も宝の持ち腐れ、ということなのだろう。
夜遅く──
手首に光る星を見つめながら、子孫シルヴィアは計画が予定どおり進んでいることに安堵する。
祖先とはちがい、星痕を大いに利用するつもりのシルヴィアは、
「これも追加で知らせておかないと」
明日、早馬で王都に届ける手紙に、『星痕』についても記したあと、右腕の上腕にある金の腕輪をはずし、左手首に付けかえる。
大きめだった腕輪が形を変え、手首にピタリと吸いつくように調整され、しっかりと星痕を隠してくれた。
完璧だわ。
あとは、明日ね。
今後の計画に抜かりがないよう、いま一度『不遇の王子・救済作戦』を見直したシルヴィアは、心地よい眠りに落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
朝から精力的に、シルヴィアは城内を歩き回っていた。
まずは食料の備蓄を確認し、料理長と追加する食料品を多めに発注。次に、執事長やメイド長と、第一騎士団が心地良く過ごすための日用品や衣料品、医薬品などをリストアップし、城下の商店に配達を依頼した。
「どうやら騎士団の皆様は遠慮がちですので、それとなく必要そうな物を、こちらで準備した方がよろしいかもしれませんね。こちらに滞在中は、剣や防具の手入れも必要になってくるでしょうから、一度、鍛冶屋に来てもらいましょうか」
執事長のオルソンの提案で、さっそく鍛冶屋を呼ぶことにしたシルヴィアに、メイド長のケイトも冬物の衣服について提案してきた。
「騎士団の皆様に、防寒具をご用意されてはいかがでしょうか。ひとまず倉庫に保管している分がございますので、それをお渡しするのが良いかと思います」
「いいと思うわ。でも、そうすると
「かしこまりました。おまかせください」
そうして、諸々の手配を済ませたシルヴィアは、昼になる少し前。
城内を案内しようと、客室を訪れた。
「エルディオン様、シルヴィアです」
昨日と同じようにケイオス、ジェイド、ダグラスがいて、本日もまた直立不動で出迎えられたシルヴィアは、苦笑いを浮かべる。
「皆様、どうぞ、くつろいでください。よろしければ、このあと城内をご案内させていただきたいのですが、その前に、何か不足している物などはございませんか?」
そう云うと、口々に感謝の言葉が飛び出して、ふたこと目には「身にあまります」「十分すぎます」「これ以上なんて……罰があたります」などなど。
執事長オルソンが云っていたとおり、何を訊いても遠慮するばかり。
しかも、その筆頭は団長であるエルディオンで、
「昨日は、湯まで使わせてもらった。今朝の朝食も、わざわざ騎士たちの部屋にまで運んでくれたみたいで、全員とても感謝している。俺たちのせいで、こちらの使用人の方々に迷惑をかけるわけにはいかないから、食事は大部屋で十分だ」
罪悪感でも抱えたような表情をしている。
本 当に、なんて低姿勢な方々なのかしら。
誰ひとりとして偉ぶったところがなく、バイロン家の家令やメイドに対しても非常に礼儀正しい。
エマからの報告によれば、昨夜、騎士たちの部屋に薪を補充しようと運んでいた使用人のところに、
「す、すまない。俺たちのために仕事を増やしてしまって」
「あとは俺たちで運ぶから……その、悪いな。こんな夜遅くに、ありがとう」
数人の騎士がやってきて、両手に薪を抱えて走り去っていったという。
そんな話はすでにいくつもあって、「夜食はいかがですか」と料理番に聞かれた騎士たちが、
「や、夜食?! いやいや、そんなこと頼めない」
「俺たちのことなんて気にしなくていいから! いや、その、気持ちは大変嬉しくて……」
もはや、おっかなびっくりといった様子だったらしく、しみじみとエマは云った。
「大変失礼ながら、むかし町で、弟が拾ってきた捨て犬を思い出してしまいました。図体は大きかったのですが、とにかく怯えていて、慣れるまで近寄ると全身をプルプルさせていました」
犬に例えられた騎士たちが可哀相ではあるけれど、エルディオンをはじめとする第一騎士団の面々が、他者からの好意的な態度に不慣れなのは、だれが見ても一目瞭然。
これだけでも、ここに至るまでの間、彼らがどのような待遇を受けていたかが分かるというものだ。
『不遇の王子・救済作戦』には、第一騎士団の待遇改善計画も追加しておこう。