「団長は……シルヴィア嬢とふたりで食事をとっていましたよね。しかも別室で。あれほど美しく可憐な御令嬢と食事をして、よく料理が喉を通りましたね。あっ、名前で呼んでいいと許可してくれたのはシルヴィア嬢なんですから、そんなに睨まないでください」
ティーカップから顔をあげたグレイブも「そうだ、そうだ」と、いつになく恨み節を吐く。
「団長なんて、すでに愛称で呼んでいるくせに。いつの間にシルヴィア嬢と距離を詰めたんですか? 俺が肩を脱臼してウンウン唸っていたときですか?」
「うるさい。呼び名はともかく、別室で食事をしていたのは……この冬を、バイロン城で過ごさせてもらうにあたっての話し合いをしていたんだ。軍部への報告とか、いくつか決めたあとに、お前たちの意向を聞く必要もあるからな」
お茶を飲もうとしたケイオスが、ピタリと動きを止めた。
「え、今なんて? この冬を……バイロン城で?」
そして、さきほどの大声が、客室に響く。
「ええええっっ! この冬を、バイロン城で過ごせるのですか?! 本当に、本当ですか、団長?! その顔で冗談はナシですよ」
「これは冗談ではなく、シアから打診されたんだ。雪が融け、春が訪れるまで、俺たち騎士団にバイロン城で過ごして欲しいと……」
「嘘だあ~ 団長の願望でしょう」
「傷つくのは団長も同じですよ」
「そんな嘘みたいな話、だれも信じませんよ」
だれも信じようとしない。
エルディオンがムッとしたとき、客室のドアがノックされた。
「エルディオン様、シルヴィアです。入室しても良いでしょうか」
勢いよく、全員が立ちあがった。
出迎えたエルディオンに、「失礼します」と笑顔のシルヴィアとティーワゴンを押した侍女のエマが入ってきた。
「ケイオス卿、ジェイド卿、グレイブ卿、お話中のところお邪魔して申し訳ございません」
円卓の前で優雅に一礼をするシルヴィアに、直立不動の騎士たちは「とんでもないです!」と、見事に声を揃えた。
「シア、こちらにどうぞ」
エルディオンのとなりの席にエスコートされたシルヴィアが着座すると、緊張した面持ちの騎士たちも座り直す。
円卓のティーセットに手が付けられていないのを見たシルヴィアが、
「お茶と菓子はお口に合いませんでしたか? 冷めてしまいましたね。他のものを用意させましょう。エマ」
扉の前に立つ侍女を呼び寄せた瞬間。
「とんでもありません!」
またしても見事に声をそろえた騎士たちは、一気に茶を飲みほした。
「美味しいです!」
「最高です!」
「しあわせです!」
シルヴィアが客室を訪れた理由は──
「おそらく諸手をあげて賛成すると思うんだが、一度、ケイオスたちに相談してからでもいいか?」
1時間ほど前、食事の席で保留になった『逗留』の返事を
ここから早馬で2日、馬車で3日の距離にある王都。
第一騎士団がバイロン城に滞在していることを軍部に知られるのは、早くて1週間後、遅くとも2週間目だと予想される。
祖先の『自叙伝』によると、このあと第一騎士団には帰還命令が下り、援軍が現れなかったにも関わらず、失敗に終わった山岳地帯の討伐作戦の責任を問われることになる。
さらに、側妃の陰謀によって、王城で大切な仲間を失うのだ。その仲間とは、いまここで円卓を囲んでいる3人の上級騎士たちのこと。
そうなる前に、先手を打たなければならかった。
あらためて「この冬をバイロン城で過ごしてもらいたい」と、シルヴィアは騎士たちを前に告げる。
「明日、王都にいる父に状況を伝えるため、書状を送ります。皆様にバイロン城での滞在を決定していただけるのであれば、エルディオン様をはじめ重傷者が多数ということにして、父から軍部に報告してもらおうと考えているのですが、いかがでしょうか」
騎士たちの喉が、ゴクリと鳴る。
「そのお話……俺たちが滞在する件ですが、本当だったのですね」
目を輝かせるケイオスに、シルヴィアは訊いた。
「ケイオス卿はいかがですか? 何もない田舎の領地ではありますが、日々の疲れをゆっくりと癒していただけたらと思っております」
「何もないだなんて、俺たちにとっては天国のような場所です。屋根があって、温かい料理があって、寝床があるなんて……ここで、冬をすごせたら」
みるみる潤みだした目。
となりに座るジェイドが、ケイオスの肩に手を置いた。
「シルヴィア嬢の御心づかいに感謝いたします。これまで、俺たちをこんなにも温かく迎え入れてくれた貴族はいませんでした。恥ずかしながら、実家である伯爵家にすらそっぽを向かれていますから」
「ジェイド卿、ここには、第一騎士団の皆様の活躍を知らない者はおりません。とくに、わたくしの父マクシムは、数々の討伐作戦の先頭に立ち、厳しい戦況においても、連戦連勝する皆様こそが、真の英雄だと申しておりました。ですから、どうか一時の休息を、この城で過ごしてはいただけませんか? 父もきっと、皆様に会いたいでしょうから」
その言葉に、騎士たちは嗚咽を堪えながら大きく頷き、涙を流した。
「シア」
名前を呼ばれて顔を向ければ、エルディオンの金色の瞳も潤んでいた。
「この冬を、バイロン城で過ごさせてもらっていいか」
「もちろんです。エルディオン様もゆっくりと、心穏やかに過ごしてくださいね」
「ありがとう、シア」