第41話:愚王

――光帝リヴァイアサン歴129年 9月1日――


 エーリカが率いる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は王都:シンプに今度こそ本当の意味で凱旋を果たす。オダーニ村から出立した時の彼らのいで立ちは孫にも衣装といったようなピカピカの鎧に身を包んでいた。


 だが今やこの団に所属する誰しもが数々のいくさで槍働きをおこなったかのようないで立ちと雰囲気に変わっていたのだ。エーリカたちが王都:シンプの城門をくぐると、城塞都市:オダワラーンの危機を救ったという彼女らを見ようと、ひとが集まっていた。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団が通る道のそこかしこから黄色い声援が飛んできているようになっていた。


「夢でも見ている気分だべ……。この王都に最初に来た頃のあのどこぞの田舎者だよと言った視線から一転しちまっただべ!」


「ミンミン。拙者にも春がようやく訪れるでござるかな!? おーい、お姉さん方、拙者が血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団で1番の騎士でござるよぉぉぉ!」


「みっともない。ブルースよ。お前とそれがし2人でエーリカの二大騎士である。目立つ時は一緒にだぞ! おーい、そこのお姉さん方、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団で1番の騎士はこのアベルですぞぉぉぉ!」


 浮かれ切っている自分の二大騎士を叱り飛ばしてやろうと思ったエーリカであった。しかし、今この時は存分に浮かれるべきであろうと思い直す。エーリカはアベルやブルースに倣い、道の端で自分たちに歓待の声を送ってくれるひとびとに向かって大きく右手を振りまくった。


 エーリカたちが凱旋を終えて、いつもの借りている屋敷に入ると、さっそくとある貴族からの使者がその屋敷へとやってくる。その使者は王との謁見の日が決まったというメッセージを持ってきていた。エーリカは王からの要請を快諾する。エーリカは身体を休める暇もなく、王都に戻ってきた次の日には兄王が住まう城へと参上するのであった。


「イソロク様。こちらが武術大会の武器使用可部門で優勝したキョーコ・モトカード殿と、そのキョーコ殿に惜しくも敗れ、準優勝となったエーリカ・スミス殿です。そしてエーリカ殿は王もお知りのように最終防衛ラインであるオダワーランに攻め寄せた敵軍を見事、退けてみせました」


 兄王:イソロク・ホバートに仕える貴族のひとりが、玉座に座る兄王の前に進み出て、片膝をつき、頭を下げている女性2人の名を兄王に告げる。兄王はふむふむと興味深そうに2人の女性を見る。そして、おもてをあげいと女性たちに告げる。女性たちは真っ直ぐに兄王の顔を見る。


「なんとも勇ましい面構えだな。女性であることがもったいなく思うぞ。望みを言うが良い」


 武術大会で実績をあげた者には、軍において確かな地位を与えるか、もしくは金銀の類を与えるという約束をしていた兄王である。名声を求めるのか、それとも即物的な利益を求めるのかという試験の意味合いもあった。だが、兄王の前に現れた2人の女性はどちらも求めなかった。それどころか、兄王に対して、意見を申し上げる権利を求めたのだ。


 兄王はその言葉を聞き、一瞬だけだが眉をひそめることになる。ただの一介の武芸者風情が王に対して意見するなど、言語道断な振る舞いであることは間違いない。だが、兄王はまさに【寛容な人物】であった。彼女たちを諫めようとする大臣たちを手で止める仕草をし、さらには胸襟を開き、彼女たちの言葉を聞き入れる態度を見せたのだ。


「ありがとうございます。本来ならこの場で斬られても仕方が無いと思っていました。真の王とはまさにイソロク様のためにある言葉だと思います」


「ハハハッ。われはただ愚鈍なだけよ」


「まさに真の愚王。あなたさまを置いて、これ以上に愚かを極めた王は他には居ないと、あたしもそう思います」


「なん……だと!? もう一度、言ってみるが良いっ!!」


「はい、何度でも言わせてもらいます。血の分けた弟を討つという言葉は嘘偽り。王様は寛容さと愚かさを勘違いしています」


「誰か、この者をひっ捕らえろっ! 王に意見するのはまだしも、王をないがしろすることを許した覚えなぞないわっ!」


 兄王:イソロク・ホバートは激怒した。いや、こんな侮辱を受けて、怒らぬ者が居るなら、それこそ見てみたいと叫びたいほどの侮蔑っぷりであったのだ。しかし、王が怒り心頭だというのに、それに対して、一切、怯みを見せない2人の女性であった。衛兵が駆け付け、女性たちを取り囲む。だが、女性のひとりが身体の奥底から、とんでもない量の気迫を溢れ出させる。


 その大量の気迫を受けた玉座の間に居る者たち全ての脳裏に【圧倒的暴力による惨殺】というイメージが焼き付くことになる。女性たちを囲んだ衛兵たちは腰砕けとなり、その場で口から白い泡を吹きながら昏倒してしまう。


 蒼白い顔をした文官たちも同じようにその場で膝から崩れ落ちる。しかしながら、武官たちは片膝をつく恰好で、なんとか持ちこたえる。だが、濁流のように押し寄せる圧倒的暴力の気配を伴う鬼迫を受け続ける羽目になる。これならいっそ、気絶していた方がマシだと言わしめんばかりの気迫、いや、鬼迫であった。


「意外ね。拳王様の発する鬼迫を受けておきながら、イソロク様は耐えきれるのね」


「そりゃそうさ。腐っても一国のあるじたる王様だからねえ。真の愚王とは少しばかり言い過ぎだぞ、エーリカ嬢ちゃん」


「拳王!? ただの自称だと思っていたが、本当に拳王様なのか!? そんなわけがあるまいっ! 何故に4人の武王のひとりがホバート王国に居るのだ!?」


 兄王:イソロク・ホバートはガクガクブルブルと身体全体を振るわせていた。とんでもない量の鬼迫を身体から垂れ流すその様は、異常なる存在である確かな証拠とも言えた。だが、イソロク・ホバートをもっと驚かせたのは、その異常なる存在の横に立ちながら、平然とした顔つきの小娘の存在であった。


「お前は何者なのだ!? 拳王様の鬼迫をすぐ側で受けながら、何故に涼しい顔をしていられる!?」


「あたし? あたしはテクロ大陸本土に殴り込んで、その地で自分の国を興す予定なの。そう、だからこそ、4人の武王如きにびびっていられる暇なんて、あたしには無いわっ!」


 少女はそう言うと、ホバート王国の継承者に対して、ニカッと笑顔でさらには右手でブイサインを示してみせる。


「王様、覚えておいてねっ。あたしの名は1000年、語り継がれることになるんだからっ! あたしの名はエーリカ・スミス。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の首魁よっ!」


 兄王:イソロク・ホバートはとんでもない女子おなごも居たモノだと、腰を抜かしてしまう。未だかつて、王に対して、ここまで不遜な態度をとってみせた者に出会ったことが無い。だが、同時にイソロクの心に熱いエネルギーが沸いてくる。


「あたしにイソロク様の命を預けなさいっ!! イソロク様をホバート王国の正統なあるじの座に就かせてあげるわっ!!」