第32話:婆娑羅

 エーリカとセツラの前を通せんぼしている身なりの良い暴漢たちはじりじりとエーリカたちとの距離を縮めていこうとする。ラン・マールはエリカたちが乱暴されないようにと壁になるべく立ちはだかるが、ラン・マールは男の娘ゆえにたいした壁にもならない。剣を持たせればエーリカでも二の足を踏むレベルで強いというのに、その剣を持つ以上の膂力的なものは持ち合わせていなかったのだ。


「おいおい。白昼堂々、可愛い男の娘を困らせるなんて、ふてえ奴らもいたもんだ」


「なんだ、てめえっ!」


「おい、待て! こいつに手を出したらやべえぞっ!」


「知るかっ! こいつがあの大商人のボンボンってくらい、俺でもわかるわっ! だからと言って、おランちゃんのことで退けるわけがねえっ!」


 暴漢に囲まれようとしていたエーリカたちを見かねて、婆娑羅姿の大男が名乗りをあげる。エーリカたちはいったい誰がトラブルに巻き込まれにきたのか、暴漢たちの背中側から覗き込むようにその婆娑羅姿の大男を見ることになる。


「すごいいで立ちね。まさに成金の息子って感じ」


「都会っ子なんでしょうね。でも、助けていただけるのはありがたいですわ」


 その大男は虎の毛皮と熊の毛皮、さらには大蛇のウロコ皮をおしゃれ風に身体に纏わせていた。少しでも着こなしを間違えれば、ただの合成獣キメラである。しかし、その大男はその三種の皮を見事に着こなしている。さらには穂先に木製のカバーを施している大身槍を左肩に掛けているため、何とも勇ましいいで立ちに見える。


「大人しくラン・マールをこちらに明け渡せば、ほどほどに痛い目を見せるだけで済ませてやるぜ?」


「あのぉ……。わたくしたちは眼中にないのでしょうか?」


「男の娘狂いって言葉があるけど、つくづく、あたしたちって田舎育ちなのねって思わされちゃう」


 オダーニ村出身のエーリカとセツラにとって、港町:ツールガは都会のひとつとして数えることが出来た。しかし、いざ王都:シンプにのぼってみれば、ツールガすらも田舎だと思わざるをえないエーリカたちであった。そして、何故だかわからないが、文化力の高い街になればなるほど、男の娘の価値が爆上がりしてしまう謎の現象が起きる。


 エーリカたちは【男の娘で身を崩す】という言葉自体は知っていたが、そんな謎現象が実際の生活で起きることなどあるのか? と疑ってしまうくらいの田舎者である。だが、実際に自分たち女性陣のことではなく、男の娘のラン・マールのほうがよっぽど、この喧騒の中心人物となっている。知らぬ男共に蝶よ華よともてはやされたいという願望はほとんど持ち合わせていないエーリカたちであったが、それでも美少女2人を差し置いて、男の娘だけが注目されるのは面白くない。


「ねぇ。そこの大男さん。あたしたちはもののついで?」


「おや? よく見りゃ、可愛い子ちゃんも混ざってたな。こりゃぁ失敬。よし、そこの可愛い子ちゃんたちもついでに助けてやるぜっ!」


「セツラお姉ちゃん。あたし、あいつをぶっ飛ばしたいっ!」


「まあまあ……。武術大会で疲れ切ってるんですから、エーリカさんは大人しくしましょうね?」


 エーリカはまるで今からすぐにでも大暴れしてやろうと鼻息を荒くしている闘牛となりかけていた。そんなエーリカをセツラはお姉ちゃんらしく、どうどう……と宥めるのであった。そんなエーリカたちをしり目に、身なりの良い暴漢と婆娑羅姿の大男が白昼堂々と大喧嘩を始めるのであった。


 暴漢たちは数の暴力を頼みに婆娑羅姿の大男に絡みついていく。手足の自由を奪おうとしてくる暴漢たちを相手に大身槍を巧みに操る婆娑羅姿の大男であった。ひとりふたりと暴漢たちをのしていく大男である。しかし、ここで大男側に誤算が起きる。火事と喧嘩は王都の華と呼べることだけはあった。普段、婆娑羅姿の大男が気に喰わないと思っていた連中までもが、この大喧嘩に参加したのである。


「いやぁ。まいったまいった。3人、しばき倒す予定が30人にまで膨れ上がっちまったぜ!」


「成金の息子のくせに意外とやるわねっ。気に入った。あんたの名前を教えなさいよっ!」


「ん? おれっちの名前かい? ケージ・マグナってんだ。マグナ家の暴れん棒の三男坊って肩書だっ!」


「暴れん坊のぼうの字が間違っている気がしますけど……。エーリカさん、もしかして、この方を血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に誘うつもりなの?」


「ええ、そうよ。しかも三男坊ってことは、確実にマグなんとか家の跡取りになれないじゃない。だったら、こんな暴れん坊の引き取り先をマグなんとか家も探してるわっ!」


「耳が痛いところをズキズキと容赦無く突いてきやがるぜっ! おもしれえな、あんたらっ! とりあえず話だけでも聞かせてもらおうかっ!」


 エーリカたちは一応、暴漢たちから助けてもらったお礼はすべきということで、ラン・マール共々、そこらの喫茶店に入ることになる。エーリカたちは自分が何者なのかをラン・マールたちに告げるのであった。


「へぇ……。お姉たまたちは傭兵団だったんですねぇ。そして、絶賛、その血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に加入してくれる将来有望の若者を探しているとぉ」


「んーーー。若者限定じゃないけどね。あたしを信じて、あたしに命を預けてくれるなら、老若男女、かまわずよっ!」


「おもしれえなあ、お嬢さん。おれっちよりも4歳も若いってのに、そんな大志を抱いているたぁ。おれっちは恥入るばかりだぜ」


 婆娑羅姿の大男:ケージ・マグナは興味深く、エーリカが語るエーリカの野望を聞いていた。そして、胸の前で腕を組み、う~~~ん……と深く考え事をし始める。そして、よっしゃーーー! と大声を出した次の瞬間には、テーブルの上にあるティーカップやデザート類全てを吹き飛ばす勢いで、そのテーブルの上に額を擦り付ける。その姿勢のままにケージ・マグナはこう宣言する。


「エーリカの嬢ちゃん。おれっちはあんたの語る野望にのっかりてぇと思えた。おれっちはこの直感を信じたいぜ。どうか、おれっちを血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団へ入れてくれっ!」


「いいわよっ。でも、うちの団には男の娘は居ないから、そこは自分でどうにかしてね?」


 マグナ家の三男坊である婆娑羅男の加入を認めたエーリカたちであった。だが、話はそこで終わらなかった。どうしようどうしようと思い悩んでいた人物がもうひとり残されていたからだ。


「あ、あのぅ……。エーリカお姉様に劣情を抱いたぼくでも、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に入れてもらえないでしょうかぁ?」


「ん? あたしに劣情? それってどういう意味??」


「あぅあぅ。ぼくって、剣を手にすると属性がマゾからサドに変わっちゃうんですぅ。いつもはこんなにナヨッとしている可憐な男の娘なんですけど……。エーリカお姉たまと戦っている時はエーリカお姉たまを孕ませてやろうとすら考えてしまったのですぅぅぅ! 本当にごめんなさいですぅぅぅ!!」