――ここ、は……?
――ようこそ、二つの世界を彷徨う者よ
――あなた、は……
――ワレは、マルクト
――ねぇ、マモルちゃんは……マモルちゃんはっ!!
――大丈夫。間もなく、彼もここに来るから
――……ほんとう、に?
――あぁ。だけど、その前に……
――――君には、話をしておかなければいけないことがある
* * *
「少し……話をしよう」
護とユキの両者を見つめ、玉座の上から語り掛けるマルクト。
「話、だ……?」
「あぁ。まずは何故、キミはここへきて、何故。ワレがキミのことを知っているかということを」
「お前が、オレのこと……だ?」
「そうだ」
護の様子を窺う褐色肌の少年は、短く言葉を交わしながら、話を円滑に進める為にと、彼を混乱させないよう、ゆっくりと、一つずつ反応を見せる。
「簡単に……そうだな。問いかける形で話を進めていこう。まずは、キミはどうしてここへ来れた?」
開けた両目を一度閉じ、そして片目を開けば問うマルクトに。
「そんなの、急に気付いたらこんな……」
「その前だ。キミは確かに、ここではない別の場所、生命の樹の空間内にいた。だが、そこでは何が起こったかい?」
どうしてか。
「そ、それは……」
普段ならば、他人と会話をしようとならば、態度は悪く、当たり散らすような口調で接してきた護。
「分かん、ねぇ……ただオレは、あのクソチビが落っこちないように……手を掴んでいたら…………あいつに振り落とされて、その後は……」
「キミの右手には、その女性の手が。では、もう反対の手には、何があったかい?」
「左手……そっちには、そうだ。急に浮いた感じがしたんだ……」
だが、どうしてか。
「……そうだな」
「何かに捕まれているみてぇに。その後、オレの左手には……」
「…………」
「丸いっこいものが……そんで、そいつはオレの所に近付いてきて……」
「マナの実、だな」
「……あれが、だと?」
「あぁ、そうだ」
彼は、マルクトといま、会話をしている。
「ここにいる彼女も、幻などではないよ?」
「ユキ、ちゃんが……?」
「そうだ。彼女はちゃんと。キミがよく知っている彼女、そのものだよ」
話が、出来ていた。
「じゃ、じゃあ……ほんとう、に……」
マルクトの発する、落ち着くような中性的な声質に。
まるで、昔の自分が導かれてゆくかのように。
マルクトの言葉に、ゆっくりと。
傍に立つユキの姿を改めて見る護。
すると。
「マモルちゃん……手、握ってもいい?」
護が横を向いたと同時。彼と目が合ったユキは、護の手を見て、自らの手を前へと捧げる。
「……あ、あぁ」
彼もまた。恐る恐る、目の前に差し出される白くて小さな手に向けて、己の手を近づければ。
「…………久しぶりだね」
「あぁ…………」
触れる一本の指先から。二本目、三本目と。
お互いの、温もりと、感触をじっくりと確かめ合うように。
丁寧に、絡ませて。そして、そっと優しく握りしめて。
小さき手と、大きくごつごつとした手。
その、不自然に大小と差のついた両の手を、暫しの間、見つめる両者は。
「マモルちゃんの手、こんなに大きくなったんだね」
「……あぁ」
「あの時とおんなじだ。暖かくて、優しい手」
「…………」
「マモルちゃん」
「…………なんだ」
「逢いたかったよ」
「…………そうだ、な」
胸から溢れる感情と、言葉を。
じっくりと、零さないように、選びながら。
また、言葉では表しきれない想いを、吐露するように。
数年越しの、再会。
数で表すならば、八年という月日だが。
彼ら自身の体感は、果たしてどれほどの長き時間だったのか。
理不尽な力を前にして。
突然、永遠の別れとなってしまった護とユキ。
あの日から。
何度も何度も、願ってきた。
一日と、一年と。
一分と、一秒と。
何度も何度も。
もう一度、逢えたらばと。
「マモルちゃん……」
「……あぁ」
「一人で、寂しくなかった?」
「…………あぁ」
「生きて、傍にいてやれなくて……ごめんね」
「…………いいんだ」
幻でもいい。
嘘でも、偽りでもいい。
これが、たとえ夢だとしても。
「マモルちゃん」
「…………あぁ」
「…………ありがとう」
「……………………あぁ」
いま、こうして。
確かに触れ合い、出会えていることが。
心から願っていた、奇跡なのだからと。
「生命の樹は、有る者無き者に関わらず。全ての存在に、奇跡を寄こしてくれる大者」
静かに語らうマルクトは。
「彼女の願いが、強い想いが……こうして、形となったのだろうな」
身を寄せ合い、抱き合う二人を見つめながら。二人には聞こえないほどに、そっと呟いて。
――しばらくして
「岩上、護」
再び、マルクトは護を呼べば。
「次の質問をしよう」
話の続きを行おうと、少しだけ声圧を強めて促し始める。
「キミは何故、あの女性を助けようとした?」
そうして。
「……女性、だと?」
「あぁ。あの獣人の者のことだ」
次にマルクトが護へ尋ねたのは、ルーナのことだった。
「あ、あれは……」
キムラヌートによって、針山が待つ地下へと落とされそうになった彼女を、護は助けようとした。
「だけどキミは、彼女のことを心底嫌っていたじゃあないか?」
しかし、それをマルクトは、護のいままでの彼女に対する態度や接し方全てを見てきたかのように。
「そ、それは……」
「彼女を助ける義理がないのなら、別にあの時に手を差し伸べなくとも、彼女の死を見届ければよかったのでは?」
「――っ!」
その言葉に、確かに揺れる彼の心を。
見透かすように、いるような視線で見つめるマルクト。
「「…………」」
マルクトの問いに、答えあぐねる護。
「ふ……ははははっ!」
すると。
「――っ!」
暫しの沈黙が続いた後。突然、マルクトが大声を上げて笑い出せば。・
「はははっ! すまない、少しキミを試させてしまったね」
軽く一言だけ、謝意を述べ。
「だって、キミは。そんなことを望むような、冷たい人間ではないのだから」
表情を戻すと、そう言い、どこか安心した様子で。護のことを見つめると、すぐにユキのほうへと視線を移したのだった。
「お前は……なにを」
マルクトが話すことに、全くピンとこないでいた護。
「ねぇ、マモルちゃん」
「――っ!」
すると。
「あいつのこと……やっぱり、やっつけたい?」
今度はユキが、不安そうな顔をしながら。護の隣から彼の顔を覗くように、そっと問いかける。
「そんなの……」
ユキが言い放ったあいつ。それは、過去にも今にも、護たちへ襲い掛かってきたキムラヌートのことで。
「あいつはっ……! オレたちをっ!!」
そんなの、聞くまでもない。と。
そう、ユキに向かって叫ぼうとした護。
だが、ユキの心配する表情を見た途端。
その言葉は、どうしてか。口から出せないどころか、咄嗟に喉先から胸の中へと戻っていってしまい。
「彼女の言う、あいつのことだが……」
そう、黙り込む護に見兼ねたマルクトが。
「奴は、姿が以前と全く異なってはいるが……確かに。キミたちを過去に殺しにかかった者、本人だ」
ユキに取って代わって、かつての殺人鬼について話し出す。
「奴の持つ力は、不可視の暴力。術を唱えてしまえば、相手の姿を見ていなくとも、意識さえ向けた途端、狙われた者は耐えがたい痛みと共に、大きな衝撃をその身へ受けてしまう……防ぐことなど不可能な、あまりに馬鹿げた能力だ」
「だ、だけど」
しかしすぐ。護はマルクトの話に納得がいかずに思わず話す言葉を遮ろうとしたが。
「なんの策も無しに。闇雲に向かっていくだけ、ただ何も出来ずに嬲り殺されるだけだぞ。キミの中には、いくつかの疑念や矛盾を抱えていることは分かる。だが、今はどう策を講じえばよいのか。そこに集中するんだ。怒りや恨み任せに戦ってはいけない。奴はもう、キミが知っているような存在ではない」
それをマルクトは口調を強めて、さらにその上から強引に言葉を被せて。
「…………だったらどうしろってっ!」
それでも引き下がろうとはしない護。
「それは」
すぐに言葉を言い返そうとしたマルクト。
「……いや。そうだな」
だが、その途中。何かを思ったか、一度首を横に振りながら、出かけた言葉を仕舞いこみ、口を閉ざす。
「「…………」」
そこからは、両者ともども言葉を交わすことなく。
またしても、沈黙が流れる亜空間だったが。
「……ならば」
わずかの間をおいて。
「最後の質問だ」
再びマルクトが、口を開き直す。
「もしいま、キミが奴を倒す力を手に入れたとしたら……それは、どんな想いを以って、奴を倒すために行使する」
「……なんだと?」
唐突な質問に、護は眉間に皺を寄せると。
「そんなものっ……!」
そんなもの、彼の中では決まり切っていたことだった。
どうしていま、こんなことを聞いてきたのかと。
かつて、平和に、幸せに暮らしてきた孤児院。
誰もかれも、そこで暮らしたみんなが。この幸せがずっと続けばよいのだと、そう願ってきた居場所にて。
なんの関係もない、ただ己の欲望と快感のためだけに、命が軽々と奪い去られていったことは。
彼にとって、言われるまでもないほどに。
憎しみと、怒り。憎悪のそれ以外の感情を抱くものはなかった。
「あいつはっ! オレたち、を……」
だが、いまこの時。神のような存在と名乗り、かつての親友を呼び寄せたと言う摩訶不思議な者に問われた瞬間。
これまでとは違う。視線も、口調も。マルクトの纏う雰囲気に。
「それ、は……」
マルクトの問いについて、反抗的な目を向けながらも。護は、自身の胸の中で、問いの内容について今一度、考え込んでしまう。
「……ならば、具体的な案を出そう」
そんな護へマルクトは。
「キミには、これから助かる道が二つある」
指を二本、突き立てて。
「キミは、いまからワレと契約を交わし、ワレの力を借りた跡、すぐに生命の樹から脱出し、元の世界へと帰還する」
まずは一つ。案を提唱したならば。指を二本から一本へと戻し。
「そしてもう一つ。キミは、ワレの力を借りた後、奴と真っ向から対峙し、奴を倒して生還する」
もう一つの案を、提唱する。
「さぁ、どうするかい?」
これまで以上に、冷たい視線が護へと。まるで、審判を下すかのように、鋭く突き刺していく。
「オレ、は……」
戦わずとも、助かるか。
それとも、キムラヌートとの勝負に、力づくて生き残るのか。
迷いが生まれた中で、唐突に選ばされる二択。
「お前の力あったら……あいつに勝てるのか?」
答えを出す前にと。護は疑念を払しょくする為、マルクトへと問い返す。
「あぁ。もちろんそれは……キミ次第になるけどね」
そこに返ってくるのは、ネツァクが瀧へ語りかけた言葉と似たもので。
「オレは……」
この時間。
これまでの生を、歩んできた道を想い返していた護。
彼の中で、溢れ出す思い出は、幸せだったあの頃の記憶で。
孤児院の皆。
院長や、職員の人達。
そして。
「…………ユキちゃん」
とても、大切にしていた、彼女のことを。
そして。
「(……あの時も)」
ふと、傍に立つ彼女を見た護は。
「(もし、あの時に……)」
あの事件の時を、思い返して。
「(みんなと、未来を……)」
もし、あの時に。
もっと、みんなを守れる力があったらば。
今とは違った道を歩んでいけたのではないのかと。
「(ユキ、ちゃん……)」
いま、自分が見ている親友の姿は。
あの頃から、変わらないままで。
「(こんなに、オレは……)」
自分だけが、こんなにも、大きくなってしまった。
あの時に。
「(もし、力があるのならば……)」
奴を倒せる力が。
勝てる力があったらのならば。
みんなと、彼女と。
ともに、未来を歩くことが出来たのではないのかと。
――――――――だから
「オレは……」
彼は。
「闘うよ」
「…………その想いは?」
もう、二度と。
「奪われたくは、ないから」
大切なものを。
時間を。
「……そうか」
失いたくは、ないからと。
「…………分かった」