どう、しよう……
――手ぇ……離すんじゃねぇぞ
どうしよう、どうしよう……
――おい、何やってんだぁ?
このままじゃ、マモルちゃんが殺されてしまう
――放す、な……よっ!
お願い……お願いだから
――じゃあ……てめぇも一緒にだ
もう、やめてよ
――いやっ…………いやぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!!
これ以上、ユキの前から大事な人を奪おうとしないでよ…………
お願いだから……もう……
…………あぁ
ねぇ、神様。
こんなの、イヤだよ……
どうして、マモルちゃんばっかりが、こんなに酷い目に、つらい目に遭わなくちゃいけないの。
マモルちゃんが、何をしたっていうの。
マモルちゃんは、ずっと。
みんなの為に、自分を犠牲にしてまで頑張っていた。
あんなにボロボロになってまで。
身体も、心ももう限界なのに。
マモルちゃんは、誰にも助けを求めようともしないで。
ずっと、独りぼっちで頑張ってきたんだよ。
もう、いい事があっても、何か奇跡が起きてもいいでしょ……?
イヤ、なんだ……
ユキの大事な人が、誰にも助けてなんて貰えないなんてことが。
もう、イヤなの。
こんな時でさえ、何もできない自分自身が……。
…………届いて
届いてよ。
あと、どれくらいユキは待ったらいいの?
ずっとずっと。ユキは待ち続けてきた。
マモルちゃんの傍で、ずっとその時が来ることを。
あの日、ユキがマモルちゃんを庇って。
死んでしまった、あの日から。
マモルちゃんの傍で、マモルちゃんのことを見守ってきて、願ってきた。
なのに、今度は何にもできないまま。
マモルちゃんが目の前で殺されてしまいようになるのを。
ただただ、見ることしか出来ないなんて。
そんなの……イヤだよ
届いて……お願い、届いて
その手を引っ張るんだ。
ほんの一瞬でも良いから、マモルちゃんに時間をください。
この一瞬に、マモルちゃんを助ける力を。
どうか、どうか……
* * *
「マモルちゃん」
どこからともなく顕れた、小麦色に煌めく果実を口にして。
“活動の間”から異空間へと移された護を待ち受けていたのは。
果実と同じ色の玉座に座る、黄金色の装飾を全身に施した褐色肌の少年と。
「やっと……届いたっ!」
かつて、孤児院で共に過ごしてきた少女、ユキの姿だった。
「……ユキ、ちゃん?」
自分の名前を呼ばれた瞬間。
後ろを振り返った先にいた、かつての親友の。
「ユキちゃん……なの?」
マモルの眼に映る、彼女の姿は生前のままで。
「な、なん……で……」
彼女はあの時、死んでしまった。
己を庇って、自らを犠牲に、あの瓦落してきた天井から、己を助けたことによって。
病院の、冷たく暗い霊安室の中で。棺桶に眠っていた彼女の遺体を見てしまった時から。護は、彼女を永遠に失ってしまったという現実を知らされてしまったのに。
なのに。
「なんで……どうして……」
何度、願ったことなのか。
彼女を失ったあの日から。
何度、彼女に逢えたらば、と。
あの時の、彼女が最期に言葉を告げた瞬間を、何度も何度も反芻し続けながら。
いまこの時、自分は幻を見ているのかと。
目の前の、小さな少女の姿を見ては。
自然と伸ばす手の、指先から腕、肩から全身を震わせて。
本物なのだろうか、幻なのだろうか。
泣いたらいいのだろうか。
驚いたらいいのだろうか。
何を彼女に、一番に話せばいいのだろうか。
立て続けに襲い掛かってきた出来事に。
彼の思考は許容を遥かに超えてしまい。
言葉も感情も、全て忘れてしまうほど。
だが、そんな己に向け、ただただ笑顔を向ける彼女には。
彼の中に、確かな覚えが存在していて。
「ワレが呼んだ」
「――っ!」
ユキに段々と近づこうとする護へ、突然、背後から褐色肌の少年が声をかける。
「お前……が?」
思わず少年のほうを振り返った護は、落ち着き払う少年と目が合うと。
「あぁ。すまない、言い遅れた」
ほぼ同時、少年は小麦色に煌めく玉座からゆったりと降り。
「ワレの名は、マルクト。”王国”を司る、第十のセフィラだ」
訝しげに睨んでくる護に対し、不敵な笑みを浮かべ、軽快に己が名を口にする。
「マル……クト……?」
「あぁ、そうだ。君たちの概念である……おっと、これはネツァクも彼に話していたな。君たちの概念の中にある、神に似た存在だと認識してもらえたらいい」
「――っ!?」
瀧の時と同じように。
「かみ……だって……?」
「あぁ、そうだ」
目の前に唐突として現れて、いきなり神のような高位な存在と自己紹介する相手と出会った護は、何かを話そうとしても、思考が追いつかないまま、ポカンと口を開け、その場で茫然と立ち尽くすことしか出来ず。
だが、そんな護に対し、マルクトと名乗る少年は、静かに目を閉じて、護が見せる反応に深く頷くだけ。
「マモルちゃん」
「――っ!!」
すると。
「マモルちゃん、ユキの声……聴こえてる、かな?」
今度は再び、少女が護のことを呼び掛けて。
「…………あぁ」
そんな、あどけなく問いかける少女へむかい、護は振り返りざまに、小さく、吐息と混ざるように返事をする。
「(ほんとうに……ユキちゃんなの……?)」
いま、自分は彼女と話をしている。
死んでしまった彼女とこうして向かい合い、彼女の目を、その表情を真っ直ぐに見て。
「お顔、上がったね」
「――っ!」
顔を上げ、面と向かい。
護は彼女の存在に夢中となって。
だが、次の瞬間。
「――っ!! あ、あいつは……っ!?」
顔を豹変とさせた護は、酷く慌てた様子で辺りを見渡し始め。
「あのチビは……っ! あの兵隊どもはっ……!!」
この空間に来る直前まで、共に”活動の間”に居たルーナに、エルフ国兵ら。そして、キムラヌートの姿が一切見当たらないことに、戸惑い、騒めきたてる。
「安心しろ」
そんな護に。
「ここにいるのは、君と、ワレと。彼女の三人だけだ」
見兼ねたマルクトが、優しくゆったりと、低い声で、荒波立つ彼の心を諫める。
そうして。
「……そうだな」
ふと、護の顔を覗き込むように、玉座へと座り直して、片脚上げた膝の上に、己の肘を乗せたマルクトは。
「少し……話をしよう」
護とユキ。横並ぶ両者を視界に捉えて。
おもむろに、語り始める。