「なんだってっ!? 盾士タイプの過去最高適性者が現れただとっ!?」
岩上護のエレマ部隊入隊から、数日後のこと。
「はい。ですが……ここで一つ、ある問題が……」
とある会議が行われていたのは、エレマ部隊総隊長室。そこでは、総隊長である井後に、新エネルギー長官の藤林朋矩、それと、国外省国務大臣の安館梁の三者が、神妙な面持ちで物議を醸していた。
「その適性者が、あの孤児院大量虐殺事件で捕まった当人!?」
「…………えぇ」
議題に挙がっていたのは、特待枠として入隊が決まった岩上護の経歴について。
「そうです。彼とは偶然に出会い、職がなかったということで、ワタシがエレマ部隊へと連れてきたのですが……年の為、彼の出自について独自に調べたところ……」
「まさか……。確かに、あの事件からの年月を考えたら、もう施設から出てきても不思議ではないが……そんな、その当人だなんて……」
――盾士タイプのエレマ体適合者が出た。
――それも、過去最高値の適合率を叩き出した逸材で。
一時はその報告に諸手を挙げて喜んでいた藤林と安館だったが。
「流石にそんな者を入隊させるわけには……」
続けて井後が差し出した資料に目を通した瞬間、思わず頭を抱え、その表情を曇らせてしまい。
「しかし、ただでさえ圧倒的に人材が不足している中、このような逸材、今後いつ現れるかも分からないですし……」
この時、エレマ体の転送実験を成功させてから、第一次エレマ部隊調査隊員募集を行っていた政府機関だが、当時、国民からはエレマ体への信頼や、異世界への調査に対する理解が充分に得られていなかったこともあり、当初の想定よりも人材獲得に悪戦苦闘していた。
「今月の目標達成率も未だ三割にすら届いていない……。だが、こんな状況だからとはいえ、元犯罪人を入隊させているなど。もしどこかから話が漏れてしまえば……」
そんな中で現れた、盾士タイプでの最高クラスの適性者。それは政府機関にとっても、エレマ部隊にとっても喉から手が出るほど貴重な存在であったわけだが、藤林の言うように、当時、重大事件として扱われたもので、捕まった当人がこうして平然と、エレマ部隊員として在籍しているのはどうなのかと。また、この事実が万が一にも世間に露呈してしまった時、マスコミはこれをスキャンダルとして大々的に報道し、エレマ部隊に対する世間のイメージに傷がつくのは避けられないだろうと予見していたわけであり。
「どういたしましょうか、大臣……」
このまま貴重な人材として取るべきか、それとも、エレマ部隊のイメージを維持する為に、この話を白紙とするべきか。
その、両天秤。
悩む藤林が、安館大臣へ窺えば。
「…………」
暫くして。
「その青年は…………このまま入隊させろ」
「「――っ!!」」
ここまで井後と藤林、両者の会話を静かに傾聴していた大臣が、ようやく口を開いたらば、出てきた決断は、井後と藤林を驚かせるもので。
「な、なぜ……」
大臣の意外な発言に、藤林は戸惑っていると。
「確かに、その青年の身元がバレたりでもすれば、エレマ部隊のイメージには大打撃となるだろう。しいてはワシの職責が問われるか、あるいは国会で野党共が騒ぎ立てる可能性もある。だが、それはあくまでバレたらの話であって」
鷲のような両目つきで藤林を見る安館大臣が、その理由を告げる。
「今は人材を選りすぐっているほどの余裕など、どこにもない。とにかく今は、エレマ体への適性者はみな、すぐに基地内の訓練プログラムを受けた後、アレットへの転送を行い、一つでも多くのマナを回収し、エレマを製造することが最優先事項だ」
そう、言葉を捲し立てれば、続けて、ここまで見せてこなかった歯茎をあらわにし。
「彼の情報については、こちらで揉み消す」
「「――っ!?」」
更に重ねて、驚くべき発言をし。
「同等量の核エネルギーより、何千倍ものエネルギーが。一切のリスクもなく……そうだ。これから入ってくる莫大な利益と比べれば、そんなことくらい、些細で可愛いものよ」
「し、しかし……」
「分かったな、藤林長官」
「――っ!」
慌てふためく藤林へ向け、不気味な笑みを見せつける。
「井後総隊長も……いいな」
しかし、室内に響く声だけは、とても低く、おどろおどろしいもので。
「……承知、いたしました」
大臣が醸す様相に、顔を引きつらせる井後は、大臣の発現に異議を唱えることなく。ただ一言だけ、了承の言葉を述べるのであった。
* * *
やっと、マモルちゃんを拾ってくれる人が現れた。
誰にも振り向いてもらえず。
誰からも、優しくしてもらえなかったマモルちゃんに。
正面から、向き合ってくれる人が。
手を差し伸べてくれる人が、出てきてくれた。
そのおじさんは、今までマモルちゃんが、どんなところにいたのか、どんな風に過ごしてきたのを知ったとしても。
追い出すようなことも、遠ざけるようなことも。他の誰かに言いふらすようなこともしないで。
何をしているのだろうか、何か困ったことはないかって。
まるで、孤児院の院長さんのように。
マモルちゃんのことを、いつも気に掛けてくれた。
施設から出て以来、ずっとずっと、荒れていて。
あんなに乱暴になってしまったマモルちゃんも、そのおじさんの言う事だけは、聴いてくれるようになって。
独りぼっちなんかじゃない。誰も、マモルちゃんのことを怖がるなんて人もいない。必ず、誰かがマモルちゃんのことを大事に見てくれている。そんな居場所が、マモルちゃんに出来てくれた。
このまま、少しずつ。
いろんな人に、護ちゃんが心を開いてくれるようになって。
また、あの時のように。
いつも笑ってくれて、みんなに優しいマモルちゃんに戻ってくれたらいいなって。
ユキは、そう思っていたけれど。
でも、マモルちゃんの心は、そう簡単に開いてくれることはなかった。
マモルちゃんに、特別な力があるって。
いろんな人たちが、大喜びしてくれた。
だけど、みんながマモルちゃんを歓迎してくれた時も。
マモルちゃんは、誰とも話をしてくれなくて。
すぐに怖い顔をして。また、どこかへといってしまった。
たまに、廊下で誰かから挨拶されても、無視して通り過ぎるだけで。
マモルちゃんが、誰かに優しくしてくれることは、そこでも起きることはなかった。
今までとは違って、暖かくてふかふかのベッドもあって、とっても美味しそうなご飯もある。
マモルちゃんに期待してくれて、こんなにも、喜んでくれる人達が沢山いるんだよ?
それでも、マモルちゃんが、顔を上げて。安心して誰かのお顔を、目をまっすぐに見てくれることは、なかった。
マモルちゃんを助けてくれた、あの優しいおじさんは。
ある日、マモルちゃんをお部屋に呼びつけて。
マモルちゃんに、こう言った。
――すまない、勝手だが、お前のことは調べさせてもらっていた。
それを聞いた途端、マモルちゃんはとっても怖い顔をしだして、おじさんに向かって、沢山。悪い言葉を吐いていた。
だけど。
――だが、ここではそんなことは関係ない
おじさんは、そんなマモルちゃんを責めないで。
――お前のことは、俺以外の誰も知らない。誰にも話すこともない。ただ俺は、これからも。お前が安心してここで任務へ当たれるような、そんな環境を整えていく。ただ……それだけだ。
太陽みたいに、優しく包み込むような声で。
マモルちゃんのお顔を真っ直ぐに見て、そう言ってくれた。
――護、俺はな。
本当に、おじさんは。
――本当は、お前は良い奴なんじゃないかって、思っている。
ずっと、マモルちゃんのことを、よく見てくれていた。
――護、あまり復讐心に囚われるなよ?
そうだよ?
――自分の幸せを、願うんだ
おじさん、そうなんだよ?
――護、信じているぞ
マモルちゃんは、とっても良い子なんだよ?
誰かに乱暴なんてしない。
みんなを助けようと、頑張ってくれて。
困った人には手を差し伸べて、必死になってくれる、優しい人なんだよ?
だからね、マモルちゃん
もう、いいんだよ?
もう、安心しても、いいんだよ?
もう、前を見て、歩いて。進んでも、いいんだよ?
そんなに怖いお顔をしないでよ。
もう、ずっと見せてない。マモルちゃんの、あの暖かい笑顔がまた。
ユキは…………見たいんだよ
だけど、ある日。
マモルちゃんが、お仕事でどこかに行くって、急いで廊下を歩いていた時。
その途中で、マモルちゃんがある物を見かけてしまった。
それは、大きな写真が載せられた、一枚の張り紙で。
その張り紙には、ある人が写っていた。
黒く焼けた肌に、鋭くとがった両目。お顔の右半分には、アルファベットのAを逆さに模ったシールが、ベッタリとくっついていて。
…………そう。
マモルちゃんが目にした、張り紙に写されていた人は。
あの日。ユキ達を殺した、あの悪魔だった。
あいつの写真を見た途端、マモルちゃんはビックリして。
両手を握り締めて、身体中を震わせたと思ったら。
大声を上げて、あいつが写った張り紙を壁から剥がして、滅茶苦茶に破り捨てた。
周りにいた人達も、急にマモルちゃんが騒ぎ出したことに驚いて。
その場で暴れるマモルちゃんを、いろんな人が急いで止めに入ろうとしてくれたけど。
誰も、マモルちゃんを押さえることができなかった。
大勢の人が、マモルちゃんを囲うたびに。
また、マモルちゃんの血が。白くピカピカの床に、点々と落ちていった。
やっと、おじさんが駆け付けてくれて。
マモルちゃんを落ち着かせながら、どこかへ連れて行ってくれた。
けれど、マモルちゃんの心は。
その日から、あいつへの怒りと、憎しみで。復讐してやるんだっていう気持ちで、赤くてどす黒い色に覆われていってしまった。
どれほどの時間が、経ってしまったんだろう。
元の、マモルちゃんが見たくてずっと。
ユキは、マモルちゃんに言葉を伝え続けてきた。
きっと、どこかで。何かきっかけが、奇跡が起きるんじゃないかって、信じ続けて。
永遠のような、動かなくなった時の中で、マモルちゃんの傍に、ずっと居続けた。
マモルちゃんが。
起きている時も、眠っている時も。
こっちの世界にいる時も、向こうの世界に行っている時も。
マモルちゃんが闘っている時も、獣の女の子と言い争っていた時も。
きっと、ユキの声が届くときが。ユキの姿が見えるときが。
その、瞬間が。あるんだと。
そう、想い続けて…………
ねぇ、マモルちゃん。
あいつが、やってくる。
ユキたちを殺したあいつが。
また、マモルちゃんを殺しにやってくる。
だから、お願いマモルちゃん。
どうか、そこから。
早く、逃げて。
* * *
-生命の樹 活動の間-
「どいつからやっちまおうかぁぁあっ!?」
両腕を広げ、嬉々とし騒ぐ、侵入者。
主である魔族、オーキュノスが姿を消した後、ようやく自由に行動ができると思い込めば、待ちに待ったと言わんばかりに騒ぎ立て。
「……これももう、いらねぇや」
鬱陶しいと、被っていた黒のフードを外し、地面へとかなぐり捨てる。
「(なんなんだ……こいつ)」
唐突に、前触れもなく現れた侵入者に。その場にいる者達がみな、警戒し、緊張が走る中、敵の様子を窺えば。
「さぁぁぁぁぁて……」
フードを外した侵入者は、宙に浮かびながらじっくりと。
「お前かぁ? お前かぁぁぁ?」
地面に横たわるエルフ国兵達、一人一人を品定めするように観察し、湧き出る欲求を更に掻き立てようとする。
「じゃなけりゃ……」
そうして。
「……お前らかぁ?」
壁際で囚われていた護たちのほうを、ゆっくりと振り向こうとした時。
「……………………は?」
――――そこから顕わとなった相行は
八年前。
彼は、全てを失った。
たった、一人の男によって。
居場所を、友を。家族のような存在だった皆を。
一夜にして。全てを、奪われてしまった。
多くの人間に疑われ、虐げられてきた彼の優しき心は廃れてしまい、人を信用することも、無くなっていき。
いつしか、他人を気付付けることさえ、厭わなくなっていってしまった。
あの日、井後義紀に拾われて。
エレマ部隊へと入隊した後も。
多くの人間から喜ばれ、これまでとは真逆の待遇を受けることとなっても。
彼の心は閉ざされたままで。
盾士の才があるのだと、讃えられたことなど。
彼にとっては、決して喜ばしいことなどではなく。
あの日、誰も守れなかったと。
ずっと。皆の死が、彼女の死が、彼の頭の中には鮮明に残っていて。
何故、今更にこんな力を、と。
岩上”まもる”という、自身の名でさえも。
心底恨み、嫌い、自己嫌悪を繰り返してきた。
心の中の、赤く、ドス黒い感情は。
決して彼から離れることはなく。
いつか。
いつか、あの時の男を。
この地球の、どこかに潜んでいる、あの殺人鬼を。
見つけ、必ず己の手で殺してやると。
そして、孤児院の。
大切だった、みんなの仇を取るのだと。
そう、憎悪と復讐心を身に纏い…………
ここは、異世界アレットの。
エルフ族が住む、異国の地。
知らない世界の、知らない国で。
彼の目の前で姿を現した者の、その顔は。
日焼けた黒肌に、鋭く尖った両の眼と。
顔の右半分に彫られた、アルファベットのAを逆さに模ったタトゥーの印。
運命なのか、それとも彼への悪戯なのか。
「…………お前……その、顔……」
護とルーナ。
「なん、で…………」
両者の前に突如として現れた、謎の侵入者。
「なんでお前がここにいるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!!!!!!!」
その姿は、八年前の。
あの孤児院大量虐殺を犯した、かつての殺人鬼、その張本人だったのだ。