ギルバートに背負われて市場を回るエリスは、通りすがる人々が自分に視線を向けてくる事に気付くと、その視線が怖くて更にフードを目深に被り直す。
「やはりここは人が多くて疲れるな。さっさと用を済ませて出るとしよう。もう少し我慢してくれ」
「はい、気を遣わせてしまって、すみません」
「いや、構わない。周りの視線が気になるようなら顔を伏せたままでいていい」
エリスが何に怯えているのかが分かっているギルバートは『気にするな』と伝え、一軒の店の前まで歩いて行く。
けれど、ギルバートを見た店主の顔はどこか険しいものだった。
それは恐らく、ギルバートの顔にある大きな傷と、彼が背負っているエリスにあるのだろう。
怪しむように見つめるだけで、相手をしようともしない店主に気にする様子も無いギルバート。
「すまないが、二十代の女性が好む服を数着、見繕って欲しい。肌着や靴なども頼む。金はこれくらいで足りるだろうか?」
相手をされていない事は重々承知の上で、店主にエリスのような女性が好みそうな服を見繕うよう頼むと、腰に下げていた袋から札束を取り出しカウンターに置いた。
これには店主も驚いていたが、目の前にある大金に気を良くしたらしく、態度を改め丁寧に接客し始めた。
「勿論でございます。それですと、この辺りなど如何でございましょう? こちらはどれも若い娘にも人気の品でございます」
「そうか。ならばそれと、他にも数着頼む」
「はい、畏まりました」
買い物をしている間もエリスは一切顔を上げはしなかったのだが、彼女はそれを申し訳なく思っていた。
しかし、今の自分の格好や万が一にもシューベルトたちが捜していたらと思うと姿を見せる事に抵抗があり、どうしても顔を上げる事が出来なかったのだ。
「ご購入ありがとうございました!」
店主に助けてもらいながら買い物を済ませたギルバートはリュダの元へ足早に向かう。
「……あの、ギルバートさん」
「何だ?」
「すみませんでした、私の服を買って頂いたのに顔すら上げなくて……」
「そんな事は気にしてない。伏せていろと言ったのは俺の方だからな」
「……でも、」
「何でも無理にしようとする事は無い。ほら、リュダに乗れ。続きは家で話そう」
「はい」
そしてリュダの前までやって来たギルバートはエリスに再度リュダへ乗るよう促して、早々に市場を後にした。
それから更にリュダを走らせる事約一時間、辿り着いたのは町の外れにある、木々に覆われ緑豊かな場所に建つ小さな山小屋のような建物で、
「着いたぞ、ここが俺の住まいだ」
これがギルバートが一人で住んでいるという家だった。
「先に中へ入っていてくれ。俺はリュダに餌と水をやってくる」
「は、はい」
リュダから荷物を降ろしたギルバートはエリスにその荷物を託して先に中へ入っているよう促すと、自身はその隣にある馬小屋へリュダを繋ぎに向かった。
「……お邪魔します……」
誰も居ないと分かってはいても、無言で入るのも憚られたエリスは一言断りながら扉を開けて中へ入って行く。
小屋の中にはテーブルやイスとキッチンスペース、奥の方にシャワールームとお手洗い、そして別に一部屋、ベッドや洋服ダンスが置かれた寝室がある、全体的には狭めだけど、一人暮らしならば何ら問題も無い至って普通の家だった。