第28話 第三勢力の可能性

「お嬢様!」


影のように気配を消していたシエラが思わず口走るが、ソフィアに律されて、再び壁際へ足を戻す。


「令嬢もご存じでしょう。学院にいる貴族のほとんどが魔力量を偽って入学しているという事を…。私も彼らと同類です。家宝として受け継いだこの聖女のブレスレットすらまともに扱えません」

「それは…。何とお言葉を返していい物か…。申し訳ありません」

「誤らないでください。慰めてほしくて話したわけではありません。通常であれば、すでに聖女は現れているはず。書物の中でも聖女が現れなかった時代があるという記述もあると聞きます」


今世の聖女であるマニエルは亡くなってしまった。次の聖女の誕生までどれだけの時間がかかるか予想もつかない。例え、私が生贄になったとしても少なからず瘴気は残り、その影響化にさらされる可能性は高い。あの地下で聖女の誕生を待ちわびるあの人達が助かる可能性はかなり低いのよ。


「だから、聖女が現れなかった時の事も考慮すべきだと私は思うのです」

「ソフィア様のお考えは分かります。ですが、やはり理解できません。どうして私の元に?」

「令嬢が医学の専門家だからです」


この世界の医学はあまり発展していない。治療の殆どは魔法によって行われ、それ以外はまがい物の力だとされる。しかし、民間伝来で魔法を使わない医療技術が庶民の間で受け継がれているのも事実だ。国がそれらの力を認めているわけではない。だから、医学を好んで学ぶ者は貴族の中ではかなり珍しい。

薬品が並べられたテーブルの上にはすりつぶされた葉などが無造作に置かれているのが目に入る。


もちろん、その医学だって、前世で生きた世界の物と比べると未発達で技術として確立されてはいない。だから、私がオリビア様に求めているのは正確には医学の知識ではない。


「私の知識など遊びに毛が生えたようなものですわ」

「ご謙遜なさらないでください。これほどの資料を集められ、自ら薬をお作りになっているのに?」

「それは…」


ゲーム内では彼女の特製の薬によって、マニエルは回復した。

これらの薬は効果があると認識していいはず…。


「この場所は古代遺跡の物ですよね?」

「ええ。たまたま見つけて…。医学書などを隠すのにちょうどいいと思ったのです。部屋に置いておくと父達はあまりいい顔をしないので…」

「これらの遺跡はマゴス達の手下が儀式のために作ったと王室は公式発表している。もし、これらの遺跡を報告せずに隠したと知られれば、重い刑が罰せられますね」

「私を脅すつもりですか?」


一気にオリビアから殺気が感じられた。パーティでうずくまっていた女性と同一人物とは思えない。


まあ、中身がまるっきり変わった私が言うのもどうかと思うけれど…。

どっちにしても、ここで臆するわけにいかない。


「まさか…。私は貴女に意見を聞きに来たのです。それにこれらの遺跡はマゴスとは関係ないと私は思っています」


前世でやったミニゲームでは最終的にこれらの古代遺跡の謎がすべて明らかにされる事はなかった。しかし、オリビアはアビステアともマゴスとも違う別の陣営の者達が使っていたのではないかと推測していた。オリビアの扱う治癒の薬のレシピは遺跡で見つけた物を再現したというセリフも覚えている。


私が彼女に期待しているのはまさにそれだ。古代遺跡に眠る謎の第3勢力が残したとされる技術。

オリビア・ヘカピュロスはそれを持っている。


ゲーム内の少ない情報を頼りにするなら、害はないはずだ。

マニエルの死の真相すらまだ全容はつかめていない。事件に集中するためにも地下の人達の事を少しでも解決させておかなければ…。


この際、使える物はなんでも使ってやる。


「さっきも言ったはずです。私は聖女が出現しない時の事も考えるべきだと…。そして、瘴気に苦しむ人々を助けたいのです。どうか、お力を貸してください。オリビア様!」




母は美しい人だった。だから、侍女として仕えていたヘカピュロス男爵の視線を奪うのにそれほど時間はかからずその愛人に収まった。そうして、オリビアが誕生したのだ。

けれど、オリビアには母のような美しさはなかった。変わりに男爵によく似た容姿をしていた。

醜く、金の亡者のような男。だが、母は娘が間違いなくヘカピュロス家の血を引いている事を喜んだ。父には他にも愛人がおり、正妻以外との子供が何人もいる。

それでも、オリビアが屋敷で暮らせているのは唯一の娘で魔力を持っていたからだ。

屋敷の外で暮らしている顔も知らない兄弟達に比べれば、自分は幸せなのだろう。

たとえ父から『母親に少しでも似ていれば、縁談も引く手あまただったろうに。まあ、魔力があるだけマシか』

と政治の道具としてしか見られていなかったとしても…。


私は泣いたりなんてしない。


「貴女は天が与えてくれた奇跡よ」


そう笑いかけてくれる母さえいれば、幸せだった。

それなのに、オリビアが7歳を迎えた頃、母が突然倒れた。

最初はただの風邪だと思われた。


「奥方様は瘴気に呑まれております」


しかし、父が連れてきた魔法使いの言葉によって事態は一変した。


「瘴気だと!すぐに隔離しろ!マゴスの闇に落ちた者が我が家から出たなどバレたら社交界でどんな顔をされるか」


父は母が魔物となる事を恐れて、地下牢に監禁した。


「お父様。お願いです。お母様を助けてください!」


どんなに懇願してもオリビアの願いが聞き届けられる事はなかった。

母は魔物になる事はなく衰弱するばかりだった。