数分後、俺は高い木々が
背中は高瀬が密着しているおかげで温もりを感じられるが、体の前面には冷たい風が直撃するため、おのずと険しい顔になってしまう。
風と寒さをしのげる場所を見つけなければ、とてもじゃないが朝まではもたない。
「晴香たちどうしちゃったかな?」と高瀬は背中で言った。
「いくらなんでも、さすがに宝探しは打ち切りだろうな」と俺は言った。「枝に巻き付けていた蛍光板を頼りにキャンプに戻って、宴会中の教師たちに全てを打ち明けることになるんじゃないか?」
そうであってほしい。というか、そうでなきゃ困る。
「そっか。私たち、叱られるね」
「ああ、おそらく、鳴桜高校史上、稀に見る問題児だ」
それを聞いて優等生はため息をついた。「問題児、か……」
「ま、こうなってしまった以上、無事に戻れるなら、それだけでありがたいと思うべきだろうな」
「そうだけど……」
常識的に考えると、この無分別な探検に関わった五人全員が、学校から何らかの処分が下されると予想される。高瀬がこの高校生活でいくら冒険をしたかったとはいえ、停学とか退学になってしまう事態は望んでいなかっただろう。
「そういえば」と高瀬は気を取り直すように言った。「神沢君も晴香を引き上げる時に、バランスを崩しちゃったの?」
質問の意図するところがわからず、俺は聞き返す。「え?」
「いやほら、どうして神沢君まで、崖から落ちちゃったのかな、って思って」
それにどう答えようか、考え込んでしまう。
いつもなら「高瀬のことが好きだ」という気持ちを隠すため取り繕うところだけど、心臓の鼓動を直に感じ取ることができる彼女との距離感が、俺に真実を言う勇気を与えていた。
「高瀬を助けなきゃって思って。気が付けば、体が勝手に動いていた」
高瀬は言葉の意味を吟味するように押し黙った。それから「ありがとう」とだけ言った。
「どういたしまして」と俺は少し照れて返した。
♯ ♯ ♯
高瀬を背負って歩き始めてから20分が経った。月明かりだけがおぼろげに照らす暗がりの中、
「少し休もうか、神沢君?」高瀬が俺を気遣う。
「いや、疲れたわけじゃないんだ」
そうは言っても、疲れてはいる。疲労による俺の見間違いか? と思いつつも、その場で立ち尽くし、ゆっくりとあたりを見回す。
何事かと不思議がる高瀬をよそに俺は目を凝らし、その光の正体の識別に努めた。
なにげなく視線を右へ転じたそのとき、カクテルライトの光のような、派手で明るい色が目に残像として焼き付いた。
そして、その色は、間違いなく
目をしばたたく。緑色のなにかは、消えない。
おいおい待てよ、と俺は目を見開いて思う。田舎町の山中に眠る大航海時代のエメラルドなんていう、その存在を最もシニカルに否定していた俺がまさか第一発見者となるのか? と。
大きく息を吐き出し、そのポイントへと一歩一歩進んでいく。
心拍数は否応なしに上昇する。
光源に近付けば近付くほど、それは決して幻影ではないことがわかってくる。
確実にそこに存在している。
明るい緑色の何かが、地面すれすれのところから俺たちに手招きするように顔を出しているのだ。
高瀬もその発光体の存在に気がついたようで「わぁっ、キレイ」と俺の背中から身を乗り出して、感嘆の声を上げた。
謎の発光体の周囲には、ぽっかりと横穴が空いていた。どうやらそこは洞窟の入り口になっているようだ。そしてその内部には、まるで絵の具を垂らしたみたいに、点々と奥に向かって、エメラルドグリーンの光が続いている。
目の前の光景を俺の中に眠る知識に照らし合わせて、ある一つの結論を導き出す。
それは秘宝伝説よりは現実的で、誰の
俺はその結論を口にした。
「
ヒカリゴケ、と彼女は感動した声つきで繰り返した。
「高瀬、見つかったのはスペイン帝国のエメラルドではなかったけれど、今の俺たちにとってはむしろ、お宝以上に価値があるかもしれない」
俺は点在するヒカリゴケを道しるべにして、洞窟の中へ歩みを進めていく。奥に行けば行くほど外の風が入り込まないような構造になっており、そのせいか、じめっとした、いかにもコケが繁殖しそうな湿度を含んだ温もりが感じられる。
緑の光は俺たちを歓迎するかのように、ますます多くなる。
そして、最深部に到達する。
「うわ、すごい!」高瀬は興奮していた。「これ全部……ヒカリゴケ?」
壁全体で淡く輝くエメラルドグリーンを見て思わず俺たちは、文字通り、息を呑んだ。
六畳ほどの空間に広がるその幻想的な光景は絶景という他なく、寒さも空腹も恐怖も不安も、一時的に忘れさせる力を持っていた。
「もちろん昨日今日
「本物の宝石より、こっちの方がきれいかもしれない」
それは君の心が清らかな証さ、なんてキザなことを心で語りかけていた。断言してもいいが、もし柏木がこの光景を見たとしても、そんな台詞絶対に出てきやしない。
「とにかく、よかった」と俺はほっとして言った。「この洞窟ならあの冷たい風をしのぐことができる。救助が来るか、もしくは朝になって明るくなるまで、ここでやり過ごそう」
高瀬は俺の背中で、生まれて初めて海を見た少年のような目をしている。