夏休みに入ると土日のありがたみがちょっとだけ減る。
毎日休みなんだから、改めて休日って言われても……そんな感覚。
むしろ平日に比べて街に人が溢れかえるし、長期休暇中の休日は、どちらかと言えば忌み嫌う方が強いかもしれない。
田舎は特に、平日と休日の人の流れに差がありすぎる。
平日の昼間では人っ子ひとり歩いてないんじゃないかってくらい閑散とした目抜き通りやショッピングモールも、休日になれば人で溢れかえる。
これだけの人間が普段はどこにいるって言うんだろう。
とても純粋な疑問。
そんなウォーリーをさがせ状態のショッピングモールに、今日はひとりで赴いていた。
合宿の準備をしに旅行用の消耗品やらを見繕いに来たのだけど、ユリは合宿前合宿(わけが分からない)、アヤセは家の手伝いがあるってことで、こうしてひとりで買い物というわけだ。
心炉を誘っても良かったけど、たまにはひとりで買い物ってのも悪くない。
誰かといると相手の好みやペースに合わせなければいけない時があるし、逆にそうやって気を遣わせることもあるし。
遊びに行くとなれば買い物は定番みたいな扱いだけど、実は向かないんじゃないかって心なしか思っている。
そもそもひとりで行く目的ある買い物と、誰かと行く遊びとしての買い物は、目的自体が違うんだろうなってのは私でも分かるけど。
例えばそれをデート先に選ぶのは、私には少々難易度が高いとすら感じる。
まだ映画館とか、ご飯を食べに行くとかの方が、目的がハッキリしてるぶん誘いやすいってものだ。
考え過ぎかな。
とにかく、今日はひとりでゆっくりと商品を吟味する時間があるわけで。
携帯の化粧品ひとつにしても、ユリなんかと来たらじっくり見る余裕もない裏の成分表示やら効能表示やらを見て、比較して、スマホでレビューなんか検索してみたりして、新しい商品との出会いがあったりして、これはこれで楽しい。
旅行用に最初から小分けで売ってる商品よりも、百均とかで小分けボトルを買って、詰め替えて持ってくって手もあるよな……なんてじっくり考えられるのも、ひとりだからこそ。
孤独は孤独で大事にしたい。というより、ひとりでだいたいなんでもできてしまうし、ひとりでやった方が早いって理由もあるんだけど。
そういう話をアヤセの前でしたら、「それ、間違いなく婚期を逃すやつだ」とか言って笑われるし。
余計なお世話だっての。
それで逃す婚期なら最初からいらない。
結婚って言葉自体、遠い彼岸の出来事みたいだし。
でもこの国の制度上、結婚した方がいろいろと便利は良いって話は、母親から聞かされた覚えがある。
だからまあ、できるならした方が良いのかなっていう、それくらいの温度感。
できるかどうかはまた別の問題として。
ひとしきり買い物も終えて、両手に買い物袋を下げる格好になる。
これ以上荷物を増やしたくはないし、そろそろ帰ろうかな。とか考えていると、見覚えのあるコンビとすれ違った。
「会長サンじゃないですか」
「琴平さんと、雲類鷲さん」
最近は、ひとりで居るとこのパターン多いな。
なんか作為的なことを感じてしまうけど、冷静に考えたらこの辺は彼女たちの学区なんだから、そりゃ遭遇率だって高くなるだろう。
加えて――
「その大荷物、合宿の準備ですか?」
「そう。そっちも?」
「御明察です。と言ってもワレワレの買い物はこれからですが」
目的も一緒となれば、より必然性は増すってものだ。
雲類鷲さんが、あくび交じりに私の荷物を見下ろす。
「ずいぶん買ったな。三泊ってそんなに必要なもん?」
「化粧水とかいろいろ。消耗品ばっかりだけど、思ったよりかさばって」
「あー、あたしはその辺こだわりないから、旅館とかにあるのそのまま使うしな。それでか」
「案外――ってほどでもないけど、その辺雑そうだね雲類鷲さん」
「それはさり気にディスってるのか? ああ?」
思ったことをそのまま言ってしまったら、思いっきり睨まれた。
ガンつける姿はまんまヤンキーだな。
髪の色素が薄いのも、肌の色素が濃いのも、水泳部のせいらしいけど。
「流翔ちゃん、あんまりかみつくと狂犬みたいですよ。今時そういうの流行らないですよ。具体的にはゼロゼロ年代くらいの流行りだと思いますよ」
「お前も相変わらず、ふた言くらい多いんだよ」
「ちなみにヤンキーの見た目で実はヘタレとかになると、また時代が変わるんですが。九〇年代の背伸びしたツッパリ型と、平成後期のキャラ付としてのギャップを狙った型とあるんですけど、流翔ちゃんはどっちですかね?」
「どっちでもねーわ」
雲類鷲さんは完全に気を悪くしたみたいで、そっぽを向いてしまう。
その隣で琴平さんは愉快そうに笑っていた。
「これ、いいの? このままで」
「大丈夫ですよ。散歩してるうちに忘れますから」
「人をニワトリみたいに言うんじゃねー」
「散歩と三歩をかけたんですか? 整うのが早いですね。お見それしました」
矢継ぎ早のトークだけ聞いていると、雲類鷲さん、完全に琴平さんに遊ばれてるな。
なんかもう、ふたりで漫才コンビでも目指したらいいのに。
むしろ私が突っ込まないとノンストップな雰囲気すらあるので、多少無理矢理でも会話に挟まっておくことにした。
「今日はスワンちゃんは一緒じゃないんだ」
「あいつは合宿行かないらしいから、そもそも買い物する必要ねーしな」
「合宿中も部活にかかりっきりみたいですよ。東北大会近いですしね」
須和さんは部活優先か。
まあ、言われてみればしっくりくる。
彼女なら成績も良かったハズだし、無理に学習合宿に来る必要もないんだろう。
私からしたら、あれだけ部活が忙しくって、いったいいつ勉強してるんだろうって疑問だけど。
むしろ勉強しかしてなくてこの程度の私の方が、よっぽど程度が低いってことか。
「なんでちょっと沈んでんだよ」
「いや、ちょっと……」
冷静に分析してしまうと、ちょっとへこむ。
だからこそ合宿でもなんでも使って、少しでも力をつけようとしてるんだけどさ。
「それより流翔ちゃん、あんまりお喋りしてると時間なくなっちゃいますよ」
琴平さんが、時間を気にするように腕時計に目を落とす。
すっかり立ち話をしてしまった身をとしては、軽く平謝りで返す。
「ごめん、引き止めちゃったかな。他にも用事あったんだ」
「用事って程でもないんですけどね。単なるデートですし」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。塾だよ塾」
あっけらかんとして答えた琴平さんの頭に、ついに雲類鷲さんのゲンコツが飛んだ。
すごくいい音がした。
でも琴平さんには全然聞いてないみたいで、赤べこみたいに何度か頭を揺らすと、表情も崩さないまま元の位置に戻っていた。
ほんとに赤べこみたいだけど……どうなってんだろう。
「塾、行ってるんだ」
「部活も終わったし、受験生だしな。むしろ狩谷行ってねーの?」
「私はずっと独学」
「まじかよ、それで学年上位とかやべーな。宇宙人か」
歴とした地球人だけど。
塾、かぁ。
本当なら通うべきってのはいつも考えてるんだけど。
あと一歩踏ん切りが聞かないというか、けじめがつかないって言うか。
「何を悩んでらっしゃる?」
琴平さんが不信がって、覗き見るように私を見ていた。
「ああ、いや。塾って実際、どんな感じなのかなって」
「あ、もしかして興味あります? 良かったら体験会とかもやってるみたいですけど」
「え、いや、そこまでは……」
体験会に行くくらいのモチベがあるなら、とっくに通ってるような気もする。
でも、そんな私のことなんてお構いなしに琴平さんがスマホを操作すると、しばらくして私のスマホにメッセージが届いた。
そこにはURLがひとつ張り付けられていた。
「ワタシたちの通ってるとこですよ。夏季の短期講座とかもあるようなので、興味あればぜひ」
「おい、ホントに時間なくなるぞ」
「おっと、そうでした。では会長サンは良き休日を~」
そう言い残して、ふたりはモールの雑踏に消えていく。
良き休日をって、琴平さんたちも休みなのは変わらないと思うんだけど。
それよりコレだ。
私は送られて来たURLをもう一度見る。
紹介されて、全く見ないってのもな……余計なお世話半分、渡りに船がもう半分。
強制されることではないんだろうけど、どうするべきかって意味では、答えは出てるようなものなんだけど。