「それじゃあ、飲み物と軽食は前日に業務スーパーで仕入れるとして。コップとか皿は足りるの?」
「コップは学園祭備品の余りがあります。皿は使わなくても済むお菓子を準備しましょう」
「じゃあ、それで」
合コン――ではなく校内交流会を週末に控えて、準備は着々と進んでいる。
といっても先の生徒総会や歓迎会ほど根を詰めて準備するものはなく、去年の運営資料をもとに必要と不必要を多少議論する程度で話し合いはすぐに終わった。
「今度の学園祭実行委員会は、特に準備とかいらないんだよね」
「そうですね。はじめこそ生徒会で司会進行をする必要はありますが、すぐに実行委員長と、それを中心に運営役員を決定して終わりなので、こちらで準備するものはないかと」
基本的には、私が議題を出して、毒島さんがそれに答えて終わり。
流石に三年通して生徒会に関わっている人材がいると、話が早くて助かる。
「じゃあ今日の定例はこの辺で。二年生もいきなりで悪いけど、交流会のお手伝いお願いね」
「はい、頑張ります」
久しぶりの参加となった二年生ズ――金谷さんと銀条さんは、やる気十分に答えてから、もらったばかりの交流会の運営資料をふたりで読みあっていた。
「今日は珍しく歌尾が休みなんだな?」
アヤセの言葉に、穂波ちゃんが静かに首を縦に振る。
「体調不良って聞いています。授業もお休みです」
「そっか。それはお大事に」
アヤセは、今日の議題をメモしたホワイトボードをスマホのカメラに収めてから、きれいに文字を消していく。
授業の板書を写真に撮るのは規則で禁止されているけれど、こういう場なら特に問題はない。
手記した方が覚えは良いし、禁止にする理由も頷けるものの、カメラのこういう使い方が便利であることに変わりはない。
グループチャットなんかでも画像データとしてすぐに共有ができるし。
「それは、宍戸さん本人から聞いたの?」
「あ、はい。今朝、メールで熱が出たから休む――って」
「そう」
「気になりますか?」
「本人が言ってるなら、それで良いんだけど」
定期演奏会に連れて行った翌日のことだし、何か気を詰めているんじゃないかと多少なり心配はする。
でも、本人が体調不良だと言っているなら本当にそうかもしれないし、そこを邪推するのはあまり誉められたことじゃないだろう。
「もし連絡する機会があったら、お大事にって伝えといて」
そう告げると、穂波ちゃんは不思議そうに私を見つめる。
「それなら、直接先輩が伝えた方が喜ぶと思いますけど」
「体調不良だったら、あっちこっちから連絡がくる方が体に障るよ」
「私はうれしいですけど……」
穂波ちゃんは納得がいかないようだけど、私はそういう時にあまり無理をしたくないしさせたくない。
又聞きで連絡するなんてなおさらだろう。
「私が風邪をひいたときは連絡くださいね?」
「穂波ちゃんは風の子って感じだけど」
「私、子供じゃないですよ」
「会長、あんまり後輩をいじめるもんじゃないですよ」
そんなやり取りをしていたら、毒島さんに諫められてしまった。
いじめているつもりはなかったんだけどな。
実際、穂波ちゃんは、そんじょそこらの男子よりも丈夫そうだし。
「風邪、ひいたらね」
「その時は私から『風邪ひきました』って連絡します」
それならまあ、連絡を返さないわけにもいかないから「お大事に」くらいは送るけど。
「だからって、風邪ひかないようにね」
彼女が言うと、なんだか本当にそうなってしまいそうな寒気がして、素直な気持ちでそう伝えておいた。
最近は気温も暑かったり寒かったり忙しないし、私自身気をつけないといけない。
私自身もそんなに身体が強い方ではないので、自戒の意味も込めておく。
「そう言えば、交流会って役員も参加していいんですか?」
金谷さんが、読み合わせをしていた資料から顔をあげて、ついでに手もあげる。
「準備と片付け、あとレクの運営さえ手伝ってくれたら、それ以外は自由……で良いんだよね?」
毒島さんに目配せすると、彼女が頷く。
「あんまり話の輪に混ざれてない方とかに声をかけて、うまく誘導して貰えると嬉しいです。もちろんそこで一緒に話し込んでも良いですけど、あくまで生徒会はホストなので、節度は守ってくださいね」
「レクって、何をするんですか?」
「簡単な〇✕クイズをする予定。〇と✕のサークルに歩いて移動するみたいなやつ。周りと話し合いながらやって貰えたらなって」
そう、私の口から補足する。
それなりの人数の参加が予想されるので、あんまり凝ったレクリエーションはできないけど、何かやらないといまひとつ場が盛り上がらなかったりするものだ。
それで○×ゲーム。
ちなみにこれで正答数の多い人――ないし全問正解の人に、ペア指名権のチケットを一枚進呈する予定だ。
複数いた場合はジャンケンで。
これとは別に、もう何枚かのチケットをくじ引きでプレゼントする。
自然にペアができることはあまり期待できなさそうなので、大半はこれが目当てになるかもしれない。
「それって、私たちも貰える可能性があるんですか?」
銀条さんが、真面目な顔でしれっとそんなことを尋ねる。
「欲しいの?」
「貰えるなら、まあ」
しどろもどろになってしまった彼女を前に、私はちょっとだけ頭を悩ませた。
生徒会の企画の景品を、生徒会が貰うってのはどうなんだろう?
「レクの方は手伝って貰わないといけないから参加は厳しいだろうけど、くじ引きのほうくらいはいいんじゃねーの?」
横から、アヤセの助け舟が入った。
彼女は真っ白ピカピカになったホワイトボードを見つめて、満足げに笑みを浮かべる。
「アヤセがそういうなら、くじの方は良いか。じゃあ、役員もくじ引きチャンスは参加できるということで」
「やりい。じゃあ、私にもチャンスあるってことだな」
アヤセがパチンと指を鳴らす。
「デートしたい相手いんの?」
「普段は文句ばっかりの星ちゃんを無条件降伏させようかと……」
「なにそれ……別に、遊びくらいなら面倒な誘い方しなければ相手するって」
「キュン……やだ、星様やさしい」
「仲がよろしいのは分かったので、その辺にしておかないと後輩たちが反応に困りますよ」
あきれ顔の毒島さんに会話を無理やり断ち切られる。
アヤセはべっと舌を出して、申し訳そうに彼女に手を合わせた。
「私が誘ってもお相手してくれますか?」
そうしていたら、穂波ちゃんの真っすぐな言葉が耳に刺さった。
反応に困るどころか、すごく純粋な目でこっちを見ている。
私はちょっとだけ怖気づきながら、ぎこちなく頷いた。
「まあ……予定さえ合えば」
「じゃあ私たちが誘っても遊んでくれますか!?」
立て続けに金谷さんがぴょんと手をあげる。
いやいや……反応が完全に悪乗りのそれなんだけど。
「流石に自分の時間が無くなりそうなんだけど」
「ええっ、それはひどいですよ会長」
「そういうことなら、生徒会のみんなで遊ぶ日を作るってことで」
たぶん、その辺りが一番マシな落としどころ。
すると、毒島さんがすごく疑わしいものを見る目で私を見ていた。
「良いんですか、そんな安請け合いしちゃって」
「安請け合いかな」
「知りませんよ、私は」
安請け合い……かな?
とにかくそれで一端場は収まったし、たぶん間違った選択ではなかったと思うのだけれど。
でも最近なんだか問題の先延ばし癖がついているような気がするので、多少気を付けるのはその通りかもしれない。
そうやって後で痛い目を見るのは自分自身なんだから。