今日から高校は衣替え。
紺色のセーラー服は、白地にコバルトブルーのラインがまぶしい爽やかな夏用セーラーに変わり、人によってはより涼しそうな半袖をすでに着こんでいる人もいる。
膝下丈に定められた県内屈指の長さのスカートは相変わらずだけど、上着の色が変わるだけでも、重々しい印象はなくなるものだ。
とは言え北国の初夏は朝夕共にまだまだ肌寒いもので、通勤通学時用にセーターや指定ジャージを羽織る人も少なくない。
私もジャージ一枚羽織って登校して、学校についてから脱ぐようにしていた。
この時期の朝の教室は、運動部の大半が朝練に出払ってしまっているのいくらか静かだ。
残っている人たちもすぐにやってくる中間テストの準備に忙しく、飽きたような顔をしながら教科書やノートとにらめっこをしている。
「おー、狩谷いいとこに。ここちょっと教えてくんない?」
席に着くなり、部屋の隅に集まって勉強していたグループに声をかけられる。
私も教室が静かなうちに模試の勉強をしたかったんだけど。
でも今回の中間の範囲は、模試の範囲にかぶるところもあるので、復習のつもりで話題に乗っかることにした。
「なるほどなー、サンキュー」
ひとしきり教え終えて、お役御免だとばかりに離れようとする。
すると、その背中を再び呼び止められた。
「そういや、今年はあれやんの?」
「あれ?」
聞きながら振り返ると、両の手を顔の前でにぎにぎと握り合わせた。
「合コン」
その手の動きはなんなんだ。
「やる予定だけど、なに、そんな楽しみなの?」
「まーなー。第二新卒面接会って感じ?」
「何それ」
クラスメイトたちが言ってる意味がよくわからなくって、素のトーンで聞き返す。
「ほら、あたしらはどの部も夏くらいには引退だけどさ、次の世代を担う若者をスカウトしたいわけよ。転部も込みで」
そういわれて、ようやくなんとなく合点がいった。
合コンとは、まあものは言いようで、本懐が校内交流会であることは先日の生徒会定例で話に出た通りだ。
それを私は単純な、人脈を広げるだけの場だと思っていたけど、中にはそういう目的で参加している人もいるということか。
校内活動の活発化という意味では、意義のあるイベントなのかもしれない。
「それはそれとしいて、かわいい後輩ちゃんにはツバつけたいけどな」
「去年はフられたくせになに言ってんのさ」
「バカ、あれは去年の会長と副会長に表が集まりすぎただけだって」
「まあ、あのツートップには敵わないよねー」
溜息をつく両者を置いて、私は自分の席に戻る。
なんだろう……もっとこう、ごっこ遊び的なゆるいイベントをイメージしてたんだけど。
もしかしたら思ったよりもガチな感じなのか。
少し、身構える必要がありそうだ。
そうして放課後。
また今日も来れる人だけ、という扱いで六月イベント『合コン』の企画会議が行われる。
と言っても何か新しいことをしようというつもりはなく、基本的な開催概要は去年のものに則って、至らなかった点だけを見直そうということになっている。
準備に動ける人員が少ないのだから、あまり凝ったことをやっても仕方がないというわけだ。
「とりあえず、もう一回だけ去年のイベント詳細を教えてくれる?」
私の言葉に、毒島さんは頷いて、ホワイトボードの前に立ち上がった。
それからボードペンを取って、つらつらと言葉を書き添えていく。
「会は大きく三段階に分けられてました。歓談、レク、投票。歓談はその名の通り、自由に歓談を。レクは、歓談促進のためにちょっとしたお遊びの企画を。そして最後の投票が、ペア選出のための企画です」
彼女はボードに三つの単語を書くと、それぞれについてざっくりと解説してくれた。
内容だけ見れば、よく聞くような合コンのそれだけど、だからこそ学校行事にあてはめた時に多少なりの疑念はある。
「投票っている?」
それが一番の疑念。
仮にもここ女子校だし。
だけど毒島さんは、バツが悪そうにして視線を泳がせた。
「それが……意外とこれが好評というか、ほとんどそれ目当てみたいなのが多くてですね」
「マジ?」
「もちろん、恋仲になりたいとかそういうんじゃないですよ。ただ『もっとあの人と親密になってみたい』――なんてのは、思ったより皆さん心に抱いてらっしゃったみたいで。かといって、普通に学校生活を送ってるうえでは接点も何もないしで、ある意味で賭けのように参加される方も少なくありませんでした」
「ああ、そうなんだ……」
そりゃ、そういう人だっているか。
恋愛感情とは違う、思春期特融の憧れというか『お近づきになりたい』感。
天野さんから聞いた言葉を借りたら『推せる』というやつなのかもしれない。
「でも、そうそうペアになれるわけないよね」
「そうですね。去年の成立はひと組だけでした。先代もその点に関しては、もうちょっと何とかできたかもと残念がっておられました」
「何とかって言っても、人の気持ちなんてそうそうかみ合うわけないよなあ」
アヤセがぽつりと、だけどなんかすごい深いような言葉を口にする。
気持ちはかみ合わない。
それはまさしくその通りだ。
世の中の大半は、両想いよりも片思いで成り立っている。
「あと、去年に関しては一部の生徒に票が集中してしまったのも原因でしたね。票が偏れば偏っただけ、無効票になる確率があがるわけですから」
「ああ、クラスメイトに聞いたよ。先代とウチのアホに集まったんだってね」
アレと仲良くなったってどうしようもないと思うのだけど。
でもガワと表面的な性格だけを見れば、姉のやつもそこそこイケてる女なのかもしれない。
中身がアレなので、トータル評価はマイナスに振り切るけれど。
「ちなみに、そのふたりはペア成立したんか?」
アヤセの質問に、毒島さんは首を横に振る。
「それが、実は成立してないんですよね。たまたまなのか、狙ったのかはわかりませんけど」
大量の票をかいくぐって、ピンポイントで自分を選んでない相手を投票したってことか。
偶然のような気もするけれど、あのふたりならやってのけてしまいそうな気もしてしまう。
「そんなお話を聞いてると……前の会長さんたちにも会ってみたくなりますね」
「やめといたほうがいいよ。良くも悪くも、規格外なヤツらだから」
宍戸さんのつぶやきに、私は全力で首を横に振っておいた。
あれはなんていうか劇薬だ。
出会ったことで人生を狂わされるやつは多いはず。
それが去年の合コンの結果だろうし。
ファムファタールとはよく言ったものだ。
「だったらダブルチャンス設けるとかどうよ」
「ダブルチャンス?」
提案したアヤセがこくりと頷く。
「投票した相手もペア成立してなかったときに限ってダブルチャンス! 何かしらの方法で――そこは思いつかんけど、とにかくダブルチャンスでデート権プレゼントとか」
「それってなんか、趣旨ずれてきてない?」
いや、ずれてはないのか?
そもそも女子校で合コンしようって試みが突飛すぎて、なんだかよくわからなくなってきてしまった。
「ダブルチャンス……いい、と思います!」
すると、宍戸さんが思いのほか食いついていた。
なんでかアヤセに握手を求めて、アヤセはびっくりしながらも、それを受け取っていた。
「そんなに乗り気なら、どうしたらいい感じに収まりそうか、宍戸さん考えてみる?」
「え……わたし、ですか?」
宍戸さんが驚いて振り返って、私は静かに頷き返す。
「もちろん相談には乗るし。私もなんて言うか、仕事を振れる人間になりたいと思ってね」
「いうねえ、生徒会長」
アヤセに囃し立てられて、私はちょっと得意げな笑みで返しておいた。
本心は私が楽をしたいというだけなんだけど。
宍戸さんは、少しの間迷いを見せてから、やがて小さく、だけどはっきりと頷く。
「わ、わかりました……わたし、考えてみます」
そう語る彼女の姿は、少しは生徒会の一員らしく成長して見えたような気がした。