購買でサバサンドを手に入れた私は、その足で生徒会室へと向かった。
お昼の購買はいつも戦場だ。アニメや漫画さながらの光景がそこには広がっている。
購買員いわく、パンは近くのパン屋と提携していて、その日焼いたものがお昼前に届く出来立て仕様なのが人気の秘訣だそう。
その中でも私の目当てであるサバサンドは一日三個限定の希少品……なのだけど、私がどのタイミングに行っても、必ず二個は残っている。
逆に、毎日早々に一個確保している人がいるというわけなのだけど、自分以外が買う瞬間を見たことはない。
もし何かの拍子に出会うことがあれば、なんだか仲良くなれそうな気がする。
生徒会室に到着すると、既に一年生ふたりが来ていた。
彼女たちもそれぞれの都合でお昼ご飯は買い食いなわけだが、どうやら今日は、登校途中のコンビニで仕入れて来たようだった。
「あ、星先輩、お疲れ様です。それとなんかお久しぶりの気がします」
「穂波ちゃんに宍戸さんもお疲れ様。宍戸さんは昨日も生徒会で会ったけど、穂波ちゃんは確かにしばらくぶりかも」
大会で個人戦の登録選手に選ばれたらしい穂波ちゃんは、平日休日問わず、部活のレギュラーメンバーメニューに付き合わされているらしい。
だから今月は、生徒会の仕事はノータッチ。
来月は……まあ、大会の結果次第といったところだろう。
「ごめんなさい……先にいただいてました」
宍戸さんは、食べかけのジャムパンを、恥ずかしそうに手で隠した。
「いいよ。待たせたら穂波ちゃんが持たないだろうし」
「そんな、食い意地大魔神みたいに言われても」
食い意地大魔神……ふっと変な笑いがこぼれた。
私はいつもの会長デスクではなく、彼女たちと同じ長テーブルに向かい合って座ると、買って来たばかりのサバサンドを開封した。
「星先輩、いつもそれですね」
穂波ちゃんが、サバサンドをじっとを見つめる。
「おいしいよ、サバサンド」
「今度、見つけたら買ってみます」
「大丈夫。たぶんいつもあるから」
最後の一個はきっと余ってるはず。
穂波ちゃんはタレかけた涎をじゅるっと吸い上げてから、自分のご飯に戻っていった。
今日は大量のおにぎりと、コンビニサイズの梅干しパックまるまる一個。
たぶん、全部食べるんだろうな。
小さい体のどこにそれだけ入って、そして消費されているのか、不思議でならない。
食べたものがすぐ身につく私としては、羨ましいかぎりだ。
「食べながらでいいんだけど、今日集まってもらったのはまあ、週末の予定を詰めようというわけで」
それほど引っ張る話題もないので、私はするっと本題に入る。
「自分の応援の計画をその場で聞くって……ちょっと恥ずかしいですね」
言葉とは裏腹に、穂波ちゃんの表情はいつもと変わらない仏頂面だったけど、ほんの少しだけ口元をもごもごさせていた。
「そもそも、具体的に大会日程ってどうなってるの?」
尋ねると、穂波ちゃんは傍らのクリアファイルからプリントを一枚取り出した。
たぶん、大会スケジュールか何か書かれているんだろう。
「大会は三日から五日までの三日間ですね」
「三日からって言うと……金土日ってこと? 個人戦はいつなの?」
「三日にベストエイトまで。四日に決勝戦までです。その合間に団体戦予選があって、五日が団体の決勝トーナメントですね」
「金曜日かあ……流石に応援のために授業を休むのは難しいかも」
決勝の応援なら申請すれば外出認可されそうだけど、予選ならちょっと渋られるかもしれない。
「応援……行けないんでしょうか」
宍戸さんが、残念そうに肩を落としてしまった。
何とかしてあげたいけど、こればかりは学校側が許可を出すかどうかなので、私がどうこうできることじゃない。
すると、穂波ちゃんが宍戸さんを見た。そのままぐっと拳を握りしめて力説する。
「大丈夫。私、ベストエイトに残ってみせます。そしたら、土曜日の応援、来てもらえるから」
そう語る彼女の言葉は決して無謀な約束ではなく、練習に裏打ちされた確かな自信からくるものだと、私には感じられた。
「中学のころの記録がベストエイトだったっけ。確かに」
まだ一年生なので、周りの選手はきっと穂波ちゃんより一年も二年も多く稽古を積んでいる先輩剣士ばかり。
多少、分は悪いかもしれないけど、高校デビュー戦という、おそらく他校からノーマークだろうという強みはある。
「私、くじ運がなくって」
不意に、穂波ちゃんがそんなことを口にした。
「中学最後の大会で、個人戦準々決勝の相手は、その年の優勝選手でした」
「ああ……」
それは運がない。
でも大会ってそういうものだ。
優勝候補同士が必ず決勝で当たるとは限らない。
ベストフォーやエイトで当たるならまだいい方。
ほとんど予選会みたいな下位の試合で当たることだって、決して珍しいことではない。
特に個人戦の場合、全国の切符は優勝者だけでなく、二位や三位にまで与えられることもある。
だから序盤の試合で強い相手と当たるなんて……と、悔しい思いをすることも多々あるわけだ。
「だからこそ強くなりたいって思ったんです。どこで強い選手とあたったって、それを乗り越えて、上に行けるようにって」
そう語る彼女の瞳は、どこまでも真っすぐで、眩しかった。
「私、きっとベストエイトに残りますから。金曜日の報告を楽しみにしていてください」
「うん……わかった」
宍戸さんが頷いて、ふたりはふたりは笑いあった。
それを微笑ましく見守れるのは、私も成長したということなのだろうか。
少なくとも胸の内がざわつかないのは、きっと私はもう剣士ではないという証なのだろうと思った。