「あっ」
「えっ」
なんだか懐かしいやりとりだった。
言葉自体もそうだけど、こうしてバイト先で知り合いの接客をするということが、久しぶりの展開だ。
「星先輩、ここで働いてたんですね」
つい今しがた「えっ」を発音した穂波ちゃんが、ぼんやりとした顔つきで私を見ていた。
私はレジのカウンターごしに肩をすくめる。
「まあね」
と言っても、来週で辞めるけれど。
それは余計な情報というやつだろう。
「そういう穂波ちゃんと……宍戸さんは?」
視線を穂波ちゃんから横にスライドさせると、もうひとりのお客である宍戸さんと目が合った。
彼女は気まずさをごまかすように、そっと視線を外す。
「これから、市民体育館に行く約束をしてたんです。クラスメイトたちと、クラスマッチの練習で」
答えてくれたのは穂波ちゃんだった。
「何に出るの?」
「卓球です」
それ、私が出たかったやつ。
あの時じゃんけんさえ負けなければ、ユリと無茶な約束を交わすこともなかったのに。
「宍戸さんも?」
「は、はい……そんなに得意じゃないんですけど」
休日に練習だなんて、ずいぶん気合が入っているなというのが素直な感想。
一方で、休みの日に一緒に練習するような友達ができてよかったね、というのがこれまで彼女たちを見てきた先輩としての感想だ。
穂波ちゃんは一切心配してないけど、どうやら宍戸さんもそれなりにクラスメイトと打ち解け始めているらしい。
入学したてのころの穂波ちゃんの話いわく、彼女は教室で浮いてる系の女の子だったようなので、多少なり心配はしていたところだ。
「穂波ちゃん、午前中も部活だったでしょ。あんまり無理しちゃダメだよ」
「大丈夫です。私、まだ若いので」
穂波ちゃんが、自信満々に胸を張る。
悪気がないのは重々承知だけど、なんだか私が若くないみたいに聞こえるじゃないか……いいけどさ。
「怪我だけしないでよ」
「はい、それはもちろんです、けど……」
彼女は一度頷いてみせてから、最後のほうで言葉を濁した。
「どうかしたの?」
「いえ、あの」
彼女にしては珍しく、しどろもどろとした返事だった。何か遠慮してるみたいな。
「いいよ、言ってみ」
そのままではなんだか収まりが悪いので、優しく続きを促す。
するとようやく、彼女は口を開いてくれた。
「私、個人戦に出させてもらうことになりそうなんです」
それが、遠慮してた話の内容?
私はちょっと拍子抜けになって、前のめりになっていた気持ちを抑える。
「えっと、それはよかったね。おめでとう」
どういう感情で返事をしたらいいのわからず、私はとりあえずお祝いの言葉をかけておく。
だけど穂波ちゃんは、なんだか許しを請うみたいに、私のことを見上げた。
「ありがとうございます。私もうれしいです、けど」
「けど、なに?」
個人戦とはいえ、一年で試合メンバーに抜擢されるなら大したもんじゃないか。
そう思いかけたところでふと、宍戸さんが私のことを見ているのに気付いた。
彼女の顔を見て、私は嫌な予感を覚える。
「もしかして、メンバーに抜擢されて先輩たちに何か言われたんじゃ……」
「ち、違います! むしろみんな『よくやったな』って言ってくれて、いろいろよくしてもらってます」
そうなんだ。
なら、いいんだけど。
「じゃあ、なんでそんな遠慮がちなの?」
「星先輩……私、大会に出てもいいですか?」
その言葉の意味を、私はすぐには理解できずにいた。
どうして私に確認なんか……少しだけ自分の中でかみ砕く時間を置いて、もしかしてと思い至る。
「私の枠をとったんじゃないかって思ってる?」
穂波ちゃんは無言で頷いた。
何を馬鹿なことを……確かにウチの部は、団体戦のメンバーは完全な実力主義の分、その枠に選ばれなかった三年生はみんな個人戦の枠で大会に出れるようになっている。
だからまあ、大会に出る意思さえ表明していれば、私にもその枠があるわけなのだけど。
その分の枠は、有能な後輩に降り分けられたというわけだ。
それを祝福こそすれ、怒ったり嫉んだりするヤツがいるだろうか。
「私がそういうの気にすると思う?」
「いえ……」
「だったら、穂波ちゃんの知ってる『星先輩』を信用してほしいな。どうせならしれっとインターハイまで進んじゃって、華々しい高校デビューを飾ってほしいね」
「わかりました。私、全国目指すつもりでいってきます」
穂波ちゃんはいくらか元気を取り戻してくれたようで、ほんのり笑顔を浮かべてくれた。
「それで、注文は?」
「あっ……そうでした。歌尾さん、どうする?」
「あ、あの、星先輩……!」
メニュー表を進められた宍戸さんは、ぎゅっと手を握りしめて私を見る。
「どうしたの?」
「えっと……その……よかったら一緒に応援、行きませんか?」
「応援? なんの?」
「穂波さんの……試合、です」
あっ……そっか。話の流れ的にはそうだよね。
ずいぶんと察しの悪い返事をしてしまった。
「応援か。ううん……どうしようかな」
本当に、どうしようかな。
幽霊部員の手前、顔を出しづらいっちゃ出しづらい。
でも本当にただ見にいくだけなら……他ならぬ後輩のためなら、考えないこともないけれど。
「無理しなくていいですよ?」
穂波ちゃんが、さっきまでとは別の意味で、心配そうに私のことを見ていた。
私は小さく息をついて、無理に笑顔をつくってみせる。
「ちょっと考えてもいいかな。予定とか、今は確認できないから」
そう返事をすると、宍戸さんも納得した様子で頷いてくれた。
「あの、わたし、ひとりで応援行くのは不安なので……ご一緒できたらうれしい、です……」
そうしてぺこりと頭を下げていた。
彼女からそんな提案をされるなんてびっくりしたけど、少しは真面目に考えてみようか。
部員たちと顔を合わせずに過ごせる方法とやらを。