体育館の一角に、色とりどりの部活のユニフォームが並ぶ。
オリエンテーションの時とは違う、溌剌とした負けん気に満ちた空気に、室温が多少上がっているようにも感じられた。
午後の授業の時間に差し代わって行われた高校総体の壮行式は、特に大きなトラブルもなく終了した。
ユニフォーム姿の生徒はみんな、大会に出る各部のレギュラーメンバーたちで、選び抜かれた精鋭だ。
選ばれなかった者たちや、そもそも関係ない文化部の面々は、いつもの制服のまま暖かい拍手で彼女たちを送り出すことになる。
私は結局、今年も送り出す側の列に並んでいた。
高校最後の大会とはいえ、幽霊部員なのだから当然の結果だ。
いつだか一度だけ穂波ちゃんに誘われたっきり。
それ以来彼女からも部活に誘われはしなかったし、顧問も、同じ三年の部員たちも、入学以来ずっと顔を出していない部員に「最後だから」という理由でわざわざ声をかけることはしない。
私もそれで気が楽だった。
式が終わって生徒たちは流れ解散となる。
この後はホームルームもなく、そのまま部活なりなんなり放課後の活動へと雪崩れ込む。
今日は生徒会もないし、図書館で勉強でもしていこうか。
そんな事を考えながら人の流れに乗って廊下を歩いていると、青と黄色のひらひらが視界を遮った。
「やっほー。なんか浮かない顔してるね?」
ユリだった。
青と黄色のひらひらは、機能性とかわいさを兼ね備えたチア部のユニフォームだ。
定期戦のときはダウンして見逃してしまったので、ちょっとしたラッキーパンチだった。
「あんた、部活じゃないの?」
「そーだけど、ちょうど見かけたから」
そう言って彼女は、歩きながら右に左にとくるくるまわる。
「なんか、ポンポンないと落ち着かないなあ」
「そういうもん?」
「もはや身体の一部だからねっ。あたしのポンポンテクは一流だよー」
ポンポンテクってなんだ。
まともに考えても仕方ないのは分かっていても、彼女の謎ワードは一度真面目に考えてしまう。
私なりに、彼女を理解しようとしているのかもしれない。
というか、たぶんそう。
考えたくらいで理解できるならいいのだけれど。
「あっ、そう言えばさ、星も出るんだって? 夏場所!」
「アヤセに聞いたの?」
ユリが頷く。
まあ、他に情報源はないだろうけど。
「出るって言っても、賑やかしだけど。本命はもうひとりの方」
「星のクラス、誰いたっけ?」
「レスリング部の部長」
「おー、横綱級だねえ。でもウチも負けてないよ」
「誰がいるの?」
「柔道部部長」
「なるほど」
そっちもそっちで横綱級か。
優勝争いの顔ぶれがおぼろげに見えてきた。
「そう言っておいて、ユリも冬大会は勝ち越しでしょ。十分に得点圏じゃん」
「ふふふ、抜かりはないよ。毎日スクワットで足腰を鍛えてるからね」
「クラスマッチにどれだけ本気なの」
「だって楽しんだもん勝ちじゃん! むしろ星は、本気を出さないつもりですかな?」
「出せるだけの実力がないよヒゲじい」
私はユリと違って普段から鍛えてるわけでもなければ、そもそもそこまでのモチベーションもない。
他に優勝候補もいるわけだし、クラスメイトからも期待はされてない。
さほど頑張る理由がない。
当日はそれなりに場の空気を楽しんで、それで終わり。
レクリエーションイベントなんだし、それで充分だって。
だけど、目の前の彼女は、それを許してくれなかった。
「むう、そういうこと言うならあたし、伝家の宝刀抜いちゃうよ」
「伝家の宝刀?」
ユリにどんな必殺技があるっていうんだ。
まったく心当たりがなくって、素で首をかしげる。
彼女は、人差し指を私の鼻先につきつけた。
「体力テスト勝負の勝者権限をもって、イヌドウ・ユウリが命じる。クラスマッチに全力で参加せよ!」
「あっ……ああー」
合点がいった。
いってしまった。
そういえば、そんなんあったな。
体力テストの合計点で勝ったほうが、なんでもひとつ命令できるとかいうやつ。
ユリがなかなか権利を行使しないものだから、そのまま忘れてくれたらな……なんて思っていたら、私のほうが忘れていた。
「ここでそれ使うの?」
「ほんとは別のことに使おうと思ってたけど、そんな弱腰発言聞かされたら黙ってられないよね」
「黙ってくれてていいんだけど」
むしろ、もともとどんなお願いをされようとしていたのか、そっちのほうが気になってしまうじゃないか。
「てか、全力でって……条件がめちゃくちゃ曖昧なんだけど」
「たしカニ……ちょきちょき、どうしようか」
ユリはピースサインをちょきちょきさせながら唸った。
それ、流行ってんのかな。
かわいいな。
「じゃあ、めざせ夏場所勝ち越しってことで」
「ちょっと、それ、難易度跳ね上がってない?」
「えー、勝ち越しだよ? 半分よりちょっと勝てばいいんだよ?」
「それが難しいって言ってんの」
「じゃあ頑張って練習しよう! ね!」
ユリは私の両肩をがっちりつかんで、さわやかな笑顔を浮かべた。
私もひきつった笑いで返す。
「ユリが手伝ってくれるならいいけど」
「えー、それはだめだよお! クラスが違えば敵同士、今度こそトモなんだからさ! あっ、このトモってのは――」
「強敵と書いてトモと呼ぶ――でしょ。わかったよ、やるから、全力で」
それで納得してくれたのか、ユリは満足げに頷いて離れた。
「よー、盛り上がってきたあ。あたしもスクワット頑張んないと」
「あんまり頑張りすぎないで欲しいんだけど」
勝ち越しを目指すそのブロックにはユリもいるんだから、必要以上に強くなってもらっちゃ困る。
それ以上に、全力で勝ち越しってどうしたらいいんだろうか。
そもそも相撲なんて小学校の相撲大会以来なんだけど。
とりあえず……ほんとの大相撲の動画でも見てみようか。