軽快な音とともに、紅白のピンがもんどりうって弾け飛ぶ。
頭上のモニターでは、祝いのショートムービーと一緒に「STRIKE」の文字が表示されていた。
「よーし今度は取った!」
ユリが笑顔で振り返って、人差し指を天高く掲げる。
直前に二回連続でスペアを逃した彼女は、満足げにベンチまで戻ってきて、瓶のコーラで喉を潤した。
昨日、唐突に決まったユリとの約束だったが、彼女につれてこられたのはなぜかボウリング場だった。
どこで聞いてきたのか、ゴールデンウィークでワンゲーム無料らしいのはいい。
京都の散財がまだ響いている私にとって、少しでもお金をかけずに、場所を提供して貰えるサービスはありがたい。
でもふたりでボウリングをすると交互に席を立ってしまうことになるので、ゆっくり話をするような時間は取りにくい。
カラオケとかでも同じだけど。
今日の目的が、あくまで宍戸さんたちと遊ぶ日程を決めることだと考えると、完全なミスチョイスだった。
「あれ、つぎ星の番だけど?」
「ちょっと休憩」
だからこうやって無理やりにでも流れを切らないと、いつまでも話が進まない。
別にこの後、マックでもどこでも行けばいいのだけれど、単純に腕が疲れてきたから休みたかった。
「てか、なんでボウリングなの?」
「えー、なんか投げたくなっちゃってさ。身体動かしたくって」
「合宿でたっぷり運動してきたでしょ」
こいつの体力どうなってるんだ。
私だったら、一日中お布団かぶってぐーぐーしたい。
「部活と遊びは違うの! レジャーだよこれは!」
そう言って彼女は、額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐった。
もう何も言うまい。
だから私も私で、やるべきことをやっておく。
「鎌倉ちゃんたちのことだけど、これ、彼女たちから貰ってる予定で合わせた候補日ね。どこなら空いてる?」
スマホのメモ帳に打ったリストをユリに差し向ける。
彼女は鞄の中から、くしゃくしゃになったプリントを引っ張り出した。
「えっと五月はねえ……日曜の午後なら大丈夫かな?」
「日曜も部活なんだっけ」
「自主練日だけどね。だいたいみんな集まるよ」
「それは大変だ」
「そんなことないよ。楽しい楽しい!」
ユリは、両手をまげて力こぶを作ってみせた。
それは楽しいポーズなのか疑問が残るけど、本人がそう言うならそういうことにしておこう。
「そもそも、ユリってなんでチア部なんだっけ」
私がユリに出会ったのは、学校が始まってしばらく経ってからのことだった。
その時から既に彼女はチア部だったから、当たり前のことに感じていたけれど。
ユリは、なんだか小難しい顔をして私を見る。
「それは哲学的な?」
「どこをどう取ったら哲学になるの?」
「ごめん、言ってみたかっただけ」
彼女はそう白状して、コーラの残りを一気にあおった。
飲み物が食道に流れ落ちていくたびに脈動する喉の動きが、妙に色っぽかった。
「ほんとはあたしね、応援団に入りたかったんだ。さらし巻いて、ハチマキ巻いて、長ラン着てさ」
そう言えば、応援練習のときそんな恰好してたっけ。
あれはあれでキマっていたけど。
「ウチ、応援団なんてないけど。女子校だし。書類上は共学だけど」
「女子校に応援団あったっていいじゃん! だからあたし一年の春にいちから作ろうとしたんだけどさ、人が集まらなくって」
「そりゃそうだ」
「そしたら、当時の三年生の先輩が声かけてくれてね。そんなに応援したいならチア部に入らないかって。そうしてあたしはチア部員になったのでした」
その先輩たち、分かってるな。
ユリに応援さえたら、いくらでも頑張れそうだ。
むしろ勉強してるときとか、ずっと応援しててくんないかな。
スカートと笑顔がひらひらと……流石に集中できないな。
やめとこう。
「ユリってさ、先輩たちと今でも連絡取り合ってたりするの」
思ったより自然に、そう切り出すことができた気がする。
話の流れが良かったのもあるけれど。
それでも言いだせたのはたぶん、昨日の相談で多少なり気持ちが軽くなっていたおかげかもしれない。
「うーん、実はあんまり……? ほら、あたし、携帯を携帯しない女だし」
「分かってるなら携帯しろ」
「はい、それは反省してます……」
ユリは平謝りしてみせるけど、すぐにいつもの調子に戻って自分のスマホを手に取る。
「でも、みんな大会とか見に来てくれるから、仲はいいままだよ。大学でも続けてる人多いしね。あたしも同じ大学に来ないかって誘われたりもしてるよ」
「それなら、もう少し勉強頑張らないとでしょ」
「よ、予定はまだ未定だから……夏から頑張るし」
「それ本当に?」
私の追撃に、ユリは大げさに視線を泳がせる。
嘘のつけない女だ。
それが私にとっては、一緒にいて心地のいい理由のひとつなのだけど。
「部活外の先輩とかとは」
だからこそ、余計に気になってしまう。
彼女の恋愛相談を受けていたのは、他でもない私なのに。
それは単なる独占欲で、嫉妬なのだと解っているけど、抑えられる気持ちなら、最初から首を突っ込みはしない。
だからここで期待していたのは、ユリが包み隠さず教えてくれること。
笑って、いつもの調子で、取るに足らないことみたいに。
それだけで私はきっと安心できるから。
ユリは、頭の中で思い描いてた姿そのままに、大輪の笑みを浮かべる。
「ううん。まったく連絡とってないよ」
うん――そう頷く様子が重なったのは、私が見た白昼夢。
それはもしかしたら、私が知る限りはじめての、彼女のかくしごとだった。
「でも最近はちゃんと携帯してるし、充電もしてるから、たまに連絡とってみようかな? これから頑張る前に先輩たちの声聞きたいかも」
「いいんじゃない。あっちも喜ぶと思う」
その後の私は、たぶん何を答えるにも上の空だったと思う。
ああ、そうか。
これがあの時の毒島さんの気持ちなんだ。
私はそれほど器用じゃないから、ひとつずつ、ひとつずつ。
少なくともまだ、ユリの隣にいることはできるんだから。