「ここまで来れば、とりあえず大丈夫だ」
「アクタ、なんで……」
目を覚ましたウツロは、肩を貸すアクタとともに、暗い林の中を歩いていた。
「アクタ、少し休んでくれ。もう傷だらけじゃないか」
ウツロはアクタのことを気づかい、休憩するように促した。
「なあに、こんなもん、ちょっとかゆいくらいさ。俺よりウツロ、おまえが心配だ」
「なんで、俺のことばっかり……」
「何回言わすんだ、おまえは俺が守るんだっつーの」
「アクタ……」
「ま、ひと休みか。少しだけな」
ちょうどいい大きさの
「ふう」
アクタはうなだれながらひと息ついた。
その顔はなぜか穏やかだ。
「へへっ」
「アクタ?」
アクタはやにわにくつくつと笑い、肩を揺らした。
「いや、わりい。昔のことを思い出しちまってな」
手で口もとを隠す彼を、ウツロは不思議に思って見つめた。
「覚えてっか? ガキのころ、おまえ「
突然場違いなことを言い出され、ウツロはギョッとして目を見開く。
「あれは、アクタ! お前が前の日に掃除をさぼったのが悪かったんだろ!」
「お前、クソ
「おまっ、こんなときに俺の人生の
「
「バカ、アクタっ! 全然うまくないぞ!」
アクタはゲラゲラと笑っている。
ウツロは顔を赤くしながらも、なんだかおかしくなって、一緒に笑いあった。
ひとしきりじゃれたあと、落ち着いた二人はまた憂鬱になった。
「もう、戻れないのかな? あの楽しい日々に……」
「さあな。ま、これからまた作りゃいいだろ? 三人で、な?」
「うん、そうだよね……それがたとえ、別な場所であったとしても……」
「そうさウツロ、また一緒にネギ育てようぜ。知ってっか? このへんはネギの産地で有名なんだとよ」
「ネギか……
「またネギこさえて、そしたら思うぞんぶん思索したらいいぜ?」
「うん、そうだね。俺はやっぱり、考えてるのが
「哲学者だかにでもなったらどうだ?
「お金か。
「おっ、出たな思索!」
「悪いかよ。俺は人間的生命活動の
「はいはい、わかったから。ほんと難しいよな、お前の『人間論』は」
「アクタの頭が悪すぎるんだよ」
「何だとー? お前もパッパラパー助くんにしてやろうか!?」
「やだよ、そんなの」
「うるせー。そらっ、パッパラパー助くんになれー!」
「バカっ、来るな! アク――」
「この辺まで歩いた跡があるぞ」
「残りの二人は必ず近くにいる。探せ!」
彼らとしたことが、疲れとしゃべることに気を取られ、敵の接近に気づくのが遅れてしまったのだ。
「ウツロ、ここは俺がなんとかする。先に行け!」
「そんな……ダメだ、アクタ!」
アクタの真剣な表情に、ウツロは言い知れない不安を感じた。
これがもしや、
「このままじゃお師匠様の言うとおり共倒れだ。なあに、すぐ追いつくから心配すんな」
「いやだ! 一緒に行こう、アクタ!」
ぱしんっ
アクタはウツロに、気つけのビンタを食らわせた。
ウツロはほほを押さえながら、悲しい顔でアクタを見た。
アクタはウツロの両肩をつかむ。
その
「ウツロ、こらえてくれ。大事なのは生きのびることだ、そうだろ? 俺はもちろん、お師匠様が万が一にもやられるわけはねえ。だからウツロ、俺を信じてここは行ってくれ!」
「う、アクタ……」
「泣くんじゃねえよバーカ。パッパラパー助お兄ちゃんは無敵なんだぜ?」
アクタはウツロの頭を
複数の声が、こちらへだんだんと近づいてくる。
「いたぞ、あそこだ!」
カラスのひとりが指をさして叫ぶ。
「ちっ、見つかったか。ウツロ、行けっ!」
「……絶対、会えるよね……アクタ?」
涙をぬぐうウツロに、アクタはそっとほほえんだ。
「あったりめえだろ。俺たちは二人でひとつ、な?」
「……うん」
「よし、行けっ!」
ウツロの背中を押し、その姿が遠くなると、アクタは両手を広げ、やってくる敵の前に立ちはだかる。
「かかってこい! パッパラパー助お兄ちゃんが相手だっ!」
「殺せ、殺せえいっ!」
ウツロは振り返らなかった。
振り返ればアクタ、そして師の気持ちを踏みにじってしまう。
そう思い、ひとり戦っているであろう兄貴分を背に、ウツロはただひたすら、駆け抜けた。
(『第10話 |魔王桜《まおうざくら》』へ続く)