第25話・魔導チェンソーを持った少女……は、うちのメイドです

 八雲がシリンダー状ドーム都市用のモノリスを開発していたころ。


 セネシャルとフラットは、調査艇で地底湖の奥底まで移動。

 生命体ではない二人に対して、先史文明の石板群はなんの反応も示してこない。

 そもそも八雲の放った魔力に対して反応しているのであり、オート・マタの二人の体内に存在する『ガネーシャ型魔導炉』から発する魔力の残滓程度では、出力が足りないのか、あるいは指向性に乏しいのか、全くと言っていい程に無反応である。

 それゆえに、フラットは調査道具を手にエアロックから湖底へと飛び込むと、ゆっくりと石板の敷き詰められたエリアに着地。そのまま調査道具を展開し、魔導と科学、二つのセンサーにより調査を開始する。


――ピッ……ピッ……ピッ……

 モニター状の調査道具をじっと眺めつつ、フラットは足元の石板をそっと指でなぞる。

 大理石のようであり、それでいて摩訶不思議な紋様が刻み込まれている。

 前回の調査では、八雲の魔力に反応してカウンター攻撃を行ってきたのであるが、今は沈黙したまま。


『……これはまた、厄介な存在です』


 石板らしき存在の素材構成は、『自己組織化単分子層』、一つ一つの単分子がそれぞれ役割を持っていて、それらが結合して幾層にも積み重ねられている。

 そして単分子の正体は金属であり生命であり、細胞である。

 この石板自体が、一つの無機生命体であることを、フラットは突き止めたのである。

 そしてその報告を受けたセネシャルが、単分子に働きかけることができる音波・もしくは電磁波を計測するものの、現在の地球・オーバーウオッチ双方の科学力でも解明不可能な存在であることだけは理解できた。


『……セネシャルさま。単分子には、単分子をぶつけるまでです』


 そうフラットが呟くと、水中でスカートをひらめかせ、その中から魔導チェインソーを取り出す。

 これは八雲の会心の作業用工具の一つであり、『刃の部分が劣化して交換するのが面倒くさいから、単分子で作っちゃえ』というトンデモない代物である。

 よくもまあ単分子接合などというでたらめなものを作ったものだと、丹羽でさえ呆れた代物である。


――ドゥルルルルルルルル……

 魔導エンジンをスタートさせ、フラットが魔導チェンソーを両手で構える。

 そして起動レバーを握り刃の部分を超高速で回転させると、石板の接合部分目掛けてチェイン素を突き立て、そして力任せに押し込み始めた。


――キィンキィンキィン

 すると突然、チェインソーの刃が接触した石板が光り輝き、超高音域の金属音を放ち始める。

 それはやがて周囲の石板にも伝播し、湖底全体が緑色に輝き始めた。


『この反応は……拒絶ですか? では、この湖底の下に隠されているもの、それを示しなさい……私のご主人様は、貴方たちに危害を加える気はありません。ですが、貴方たちが頑なに拒むのでしたら、【オリハルコン製単分子チェインソー】で、貴方たちを分解します。ええ、この単分子は金属ではありませんよ……オリハルコンは、光を凝縮して生み出した神威金属ですから』


 そうフラットが呟くものの、言葉としてはゴホゴホとしか聞こえていない。 

 だが、フラットの放った言葉の真意を理解したのか、チェインソーの刃が充てられていた石板がゆっくりと隆起し、そして左右に開いていく。

 それはちょうど、八雲が温泉水を汲み上げるために使用していたパイプに詰まった立方体と同じ大きさ、同じ形状である。

 それが幾つも移動すると、やがて縦横2メートルの地下へと続く回廊が姿を現した。


………

……


『セネシャルさま、ご判断をお願いします』


 流石のフラットでも、この状況は全くと言っていいほど予測はしていなかった。

 せいぜいが、湖底に広がる先史文明の石材によるメッセージ程度と思っていたのに、まさかその先があるとは考えてもいなかったのである。

 そしてセネシャルもまた、この件をどのように八雲に説明するべきか、判断に困っている。

 主人の余計な手間を掛けさせない、それがセネシャルの信念。

 だが、八雲の楽しみを奪うようなことはあってはならない。

 そして今、その『八雲の楽しみ』が目の前に広がっていたのである。


『フラット、一時的に帰還しなさい。ここから先は、私たちではなく八雲さまの領域です。そうですね、回廊周辺の石材に、こう告げてください。【次は私たちの主人と共に来ますので、その時は道を示してください】と』

『拝命しました』


 セネシャルとの通信を終えて、フラットは今の指示通りに石材たちにメッセージを告げる。

 すると、それを理解したのか、石材たちがゆっくりと移動し、回廊を一時的に封鎖。

 同時に、回廊のあった部分が判るようにと、周囲の石材は光を消し始める。


『そうです、貴方たちは賢いです。では、また後日ということで』


 魔導チェインソーをスカートの中に収納すると、フラットは石材たちに軽く会釈をしたのち、調査艇へと戻っていった。


 〇 〇 〇 〇 〇


――フラットたちが帰還して三日後

 地下水脈の先、地底湖の底に広がる謎の石材群。

 その一部が反応し回廊を構築したという説明を受けた八雲であったが、ちょうど環境改造型モノリスの最終調整のために手を離せなかったのである。

 そのため、同じ情報をグラハムと庭の二人と共有したのち、次は三人で地底湖へ調査に向かう事にしたのである。

 そして急ピッチで作業が進み、ようやく本日、地底湖へと調査に向かう事になったのだが。

 このタイミングでグラハムは急務が入り調査を断念。

 八雲と丹羽の二人とセネシャル、フラットを合わせた4名で調査へ向かったのである。


「……うっはぁ。これは想定外だねぇ」

「全くだな。確かフラットの調査では、この石材群は自己組織化単分子層で構成されている、だったな?」

『はい、丹羽様のおっしゃる通りです』


 フラットの返答を聞いて、丹羽もまたある程度の推理を始める。


「八雲。これは仮定だが……この石材群は、ある目的をもって生きている可能性がある」

「生きている……ってああ、無機質生命体だったよね。でも、ある目的って?」

「それは、この地下に進んでからだな。いくとするか」


 万が一のことを考えて宇宙服に身を包むと、そのままエアロックから水中へと移動。

 すると、八雲たちを歓迎するかのように石材群がゆっくりと輝き、そして移動を始める。

 やがて地下へと進む回廊が姿を現すと、フラットを先頭に一行は回廊へと進むことにした。


………

……


 ぐねぐねと曲がりくねった回廊。

 直線距離にして、約1.2キロメートルほど進んだ先は行き止まりとなっている。

 だが、八雲たちが到着したのを確認したのか、またしても石材が輝くと通路を形成した。

 そして通路に足を踏み入れた時。


「……ここは水が無い。まさかとは思うけれど」


 腕輪の魔導具を起動してから、八雲はヘルメットを外す。

 そこには地球型大気が充満しており、普通に呼吸も可能な状態が保たれている。


「……これは……この大気組成は地球と同じ……いや、若干だが、魔素が含まれているな」

「うん、丹羽さんの言う通りだと思う。とりあえず、進んでみようよ」

「そうだな」


 再び回廊を歩いていくと。

 やがて、三人は巨大な空間へとたどり着く。

 そこは石材たちがうず高く積まれた空間。

 縦横高さ、それぞれが100mほとの広さを持ち、その壁全体は1m立方の石材により埋め尽くされていた。そしてすべての石材が金属音を発しつつ、不規則に光り輝いている。


「……ねぇ、フラット。これってなにか法則性があると思うんだけれど」

「ご主人様の仰る通りかと、どことなくモールス信号のようにも感じられます」

「それなら俺の出番だな……」


 丹羽が一歩前に出ると、石材に向かって両掌を差し出す。

 そして魔力を糸状に放出すると、この空間すべての石板へと接続する。

 大魔導師・丹羽の18番である『超解析』、それにより石板本来の役割を調べ始めていた。


「……それじゃあ、僕たちは邪魔しないように隅っこで待っているとしますか」

「畏まりました、ご主人様」


 八雲の命令は絶対。

 フラットは八雲の後につき回廊と空間の接続地点に腰を下ろすと、のんびりと丹羽の解析作業が終わるのを、じっと待つことにした。