第24話・先史文明とドーム都市の関係

 地下水脈を辿った先に存在した地底湖。


 その湖底に広がる先史文明の生み出した謎のブロック。

 八雲の魔術に反応し、それを反射するという『八雲にとっては常識外れ』な存在であり、念動波を放ったことからサイキック、すなわち疑似超能力の類ではないかと八雲は推論を立ててみた。

 だが、たった一度の調査で結論を出すには情報が足りなさすぎる、かといってサイキックなど八雲は知識では知っているものの、異世界ではその力を使う者は存在していなかった。

 そのため実証実験を行うという訳にもいかず、八雲自身がサイキックを身につけられるかどうかというと、それも実に怪しいのである。


 人間の肉体には二つの種類がある。

 一つが、現実世界プライムマテリアルプレーンに実体化している肉体、すなわち現実に見聞きし触れることができる実体。マテリアルボディとも呼ばれるものであり、これが魂の器である。

 そしてもう一つが、精神世界アストラルプレーンに存在する幽体。魂とも精神生命体とも呼ばれている人間の根幹たる存在であり、アストラルボディもしくはエーテリオン体とも呼ばれている。


 八雲が異世界で魔術を学んだ際、体内に魔力回路というものが存在していることを発見。

 これは血管や神経のように目に見える臓器ではなく、アストラルボディに存在する非物質的臓器の一種である。

 そして魔術回路にはいくつかの種類があり、魔術を納めているものには魔術回路が、闘気を納めているものには経絡という形で発現している。

 これら二つの非物質的臓器は共存することは無く、人間はどちらか一つだけを身に付けていることが多い。

 地球人の場合、99%の人間は魔力回路を有しておらず、経絡を身に付けているものも全体の5%程度しか存在していない。

 そして94%の人間は、どちらも有していない。


 故に地球人は八雲から魔術を学んだところで、それを発現することはほぼ不可能である。

 だが、そんな人間でも発現可能な能力がある。

 それが、脳内に存在する第7器官と呼ばれている非物質臓器『サイ・ブレイン』と呼ばれている部分により構築される特殊能力、すなわち『超能力』である。

 このサイ・ブレインは脳内に存在しているものの、その位置については個人差がある。

 そして先に述べた通り、非物質臓器であり、それを見ることができるのも超能力者のみと伝えられている……。


………

……


──火星・風祭邸

「ということで、私が知る超能力とは、このサイ・ブレインにより発生する未知の力全体を差す。これは私のマックバーン・インダストリの中にある調査機関の一つ、超能力研究所で極秘裏に解析したデータから導き出した結論であり、私が異世界から帰還後に勇者の能力を使うことで確定した事象の一つだ……ここまでの説明で、何か質問はあるかね?」


 風祭邸の客間で、グラハムが八雲と丹羽の二人を相手に、超能力についての説明を行っている。

 こと丹羽が異世界で身に着けた叡智であろうと、八雲が開いた悟りの極致であろうと、超能力などという存在は意味不明であり理解不能な事象である。

 特に2人は地球人、超能力特番や漫画・雑誌などで超能力については見ることが出来たものの、異世界から戻って来た時には『超能力って、ようは魔術の地球版みたいなものだよね』程度でしか認識していなかった。

 だが、先日、八雲が地底湖で受けたサイキック攻撃についての報告を受けた時、丹羽もまた超能力とは何かという事について興味を持ち、グラハムにも相談したのである。

 幸いなことに、グラハムはマックバーン・インダストリのセクションの一つに超能力開発研究所があることを理解しており、超能力は実在することを説明。

 そして現在に至る。


「……僕や丹羽さんが使えない能力であることは理解できました。グラハムさん、超能力に対するカウンター防御とか、対策を教えてください」

「超能力だけだな。魔素も伴わない、意志力の具現化。それが超能力だ。つまり、『八雲の万能防御壁も貫く一撃』と強く念じ、その念度が八雲の防御壁を越えた場合、万能防御壁は破壊される」

「で、でたらめすぎますよ」

「ああ、その通りだ。意志が強い者ほど、超能力の強度、つまり『念度』が強くなる。これには異世界での魔術法則も何もかも、吹っ飛んでしまうな」


 淡々と説明するグラハムでさえ、超能力の危険性については理解はしているものの、その対策となると全くいってよいほど理解していない。


「はぁ……それじゃあ、あの地底湖の下にある先史文明遺跡については、調査することもできないっていう事ですか。ああ……参った」


 幸いなことに、先史文明の遺跡は攻撃的ではない。

 八雲の魔術に対して対抗手段としてサイキックを発しただけであり、調査艇が離れた時点で攻撃性が消失していったのである。


「まあ、当面はセネシャルかフラットに調査を依頼しておけ。二人は人間ではないので、先史文明遺跡も別の反応を示す可能性があるからな」

「とほほ……そうします」

「という事で、八雲くんの方は解決したが……丹羽、いつまで呆けている?」

「ハッ!」


 自身の持つ『魔術師の叡智』でさえ理解できなかった存在。

 それをどうにか知りたいという衝動と、万が一の危険性を天秤にかけ、丹羽はやむなくサイキックについての調査・認識については断念していた。

 もしも八雲が諦めていなかった場合、それに便乗して調査に加わろうとも考えていただけに、八雲があっさりと引き下がったのは予想外であったのである。


「す、すいません。では、先史文明遺跡の調査については、オート・マタの二人に委任して、私たちは第2ドームの建造に集中するということですね」

「そういう事だ。丹羽くんも、FSIに出向という形で火星に来ているのだから、それらしい仕事はしていてくれ。まあ、建造については八雲君の作った建設用魔導具達に一任していれば問題はないのだろうけれど……」

「はい、その辺りはお任せください!!」


 初期に製作した多脚砲台型作業機械を始めとして、数体の作業用ゴーレムを八雲は製造。

 命令権をグラハムに切り替え譲渡したのち、八雲も魔術でドーム都市の建造を手伝っていたのである。

 普通に考えると、地球から資源を運搬、それらを用いて先ずは火星評論での活動拠点の建造。

 そして地盤を含めた各種検査を行った後、本格的なドーム都市の建造が開始される。

 そこに至るまででも、現在の地球のテクノロジーなら10年以上は必要であり、さらにドーム都市の完成までの期間となると、20年や30年では済まない可能性がある。

 これはケイシー・ハンドマーという火星探査の専門家が『ドーム型の宇宙基地は見た目はカッコいいが、現実的ではない』と指摘している理由とも直結しており、現在の地球人が火星に移住するには、あと100年は必要だろうという結論とも一致している。


 だが、八雲を始めとする勇者チームは、それらの面倒くさい部分を魔術により簡略化。

 しかも最初に自給自足するために建造しなくてはならない生活プラントを、八雲の所有しているドーム都市に間借りする形で解決しているのである。


「さて、それでは私は、各探査機器のメンテナンスに向かいますか。八雲くん、シリンダー状コロニーの建造状況は、何処まで進んでいるのかな?」

「外部シリンダー壁は完成していて、明日にでも回転稼働実験は始めるんじゃないかなぁ。でも、あれはあくまでも作業員用の居住区域であって、僕の企画している『風祭温泉郷』とは別のドームだからね」


 風祭温泉郷……火星に建造する、八雲の二つ目のドーム。

 温泉施設を始めとする観光ドームとして建造し、来るべき地球と火星の有人定期航路開放の際に合わせて営業を開始する予定である。

 もっとも、友人定期航路計画についても、FSI主導の計画にNASAが乗った感じであり、未だ計画の細かい部分までは着手されていない。

 ようは、八雲が暇つぶしにドームを建造しているだけであり、グラハムとも丹羽も、八雲のやることをノンビリと見守っているだけである。


「まあ、風祭温泉郷についてはまた後日だ。まずはFSI計画を成功させる必要がある……ということで、シリンダードームについての最終稼働実験が終わったら、内部にモノリスを配置して環境を整えてほしいのだが」

「りょーかい。そんじゃ、小型モノリスを作って来るわ」


 そう告げてから、八雲は自宅の研究室に籠る。

 そして小型モノリスを完成させるまでの一週間、ずっと部屋に籠りっきりで作業を続けていた。