灘の葬儀は関係者のみで静かに行われた。彼には血の繋がった身内がおらず、弓引家が唯一の家族のような存在と言えた。
粛々と行われる葬儀は、何も面白くないコントのようだった。
春花は能世と鞠在の目を盗んで、灘の青白い左手の薬指から翡翠の指輪を盗んだ。それが彼にとって何を意味するものなのかは分からなかったが、灘は常にその指輪を身に着けていた。能世と鞠在が自分を形見分けに参加させてくれないことぐらい想像に難くない。だから先に、貰ってしまったのだ。
灘の手は華奢なのに大きくて、指輪は春花の左手の中指に納まった。
弓引春花──石波小春は今も灘一喜を愛している。
灘の葬儀を終えてすぐ、能世と鞠在は離婚した。弓引鞠在は不動繭理に戻り、石波小春は俳優として本格的な活動を開始することになる。
灘の死は、伏せられた。
理由が分からなかった。なぜ。灘一喜は能世春木の相棒だったじゃないか。彼が稽古場代役としてだけではなく、劇場公演時にスタッフとしても活躍していたことを石波小春は知っていた。灘のファンがいることも──不本意ながら、知っている。
一度だけ、母親に疑問を投げかけたことがある。
不動繭理は大きく嘆息し、それから──
「あんた」
──軽蔑の眼差しで──
「どうして」
──石波小春を睨め付け──
「あんなことになったか、本当に分かってないの?」
──吐き捨てた。
愛してはいけなかったのか。
愛し合うために出会ったのだと、信じていたのに。