進はいったい何回殺されかけたのだろう。
何回、立ち上がったのだろう。
そんなこと、もう数えてはいなかった。
____つまりは、そういうことだったのか。
ガンッ、と鈍い音がした。
進が後ろの壁に叩きつけられた音だ。
ボロボロ、とその壁が崩れ落ちていくのはその壁に敵の攻撃が当たったからか、それとも進がぶつかったからか。
完膚なきまでに弾き飛ばされて、進は痛みに堪えながら。
しかし、疑問をこぼしたのは
「貴様。今の攻撃に対応した?」
「何回も避け続けて、逃げ続けて。そうすれば、テメェの攻撃する時のモーションの癖くらいは見えてくるさ」
傷を無理やり消し去りながら____進のそれは決して治癒とは呼べない____β28のつぶやきに進は答えた。
決して、β28もまぐれであるとはどうせ思ってないだろうし。
「どうやった?」
「ただテメェの攻撃に合わせただけだよ。それに、それ以外のことを俺が教えるとでも?」
「思わない。が、何か特別な方法を取った、ということはわかる」
へぇ、と起き上がった進は面白おかしそうに笑った。
進が含ませた言い方をしたのはわざとだが、しかし本当にそれをきちんと汲み取ってくれるとは。
そこに嘘も虚言もその一切は含まれていない。
純粋に、進は言葉を発しただけだ。
「ではこれは?」
「回避、だ」
宣言通り。
進はそれを避けた。
正面からぶつかろうとはせずに、スッと横への移動で。
「先ほどのように合わせないのだな」
まるで煽るかのようにβ28は、進に向かってそういう。
やはり貴様では俺の攻撃を止めることは不可能なのか、と。
そんな言葉は笑い飛ばしても構わない。
が、あえてここは答え合わせを進は要求した。
「三回。三回だ」
「ほう?」
何を言いたいのか、二人の間には主語がなくとも通じたか。
それでやっとβ28は進が取った行動がまぐれでないことを、確認するだろう。
剣が、二度振られた。
それに対して進はアスファルトの壁を築き上げる。
それがさも当然であるというかのように。
「三回のうち初撃だけは、強化攻撃になる。といえば分かりやすいか?」
「なるほど、貴様の《錬金術》というウエポンの本質は見ること、聞くこと、感じ取ること等による実演と応用、か。予想するに、貴様のそのフィジカルもどこかでタイマンでもはって覚えたか」
だが、と敵は言う。
「それならば、最初の二発はどう説明する? 一度めも二度目も貴様の作った防護壁はこれの前にひとたまりもなかったが?」
透明な剣を掲げながら、β28は問いかける。
さながらそれは、進にクイズを出しているかのようだった。
が、それについてももはや考える時間は要らなかったか。
「二十秒。そんだけ立ったら、強化攻撃の判定がリセットされる。違うか?」
「惜しいな、正確には二十一秒、だ」
「んな細かいことが、戦闘中にわかるかっつーの」
剣撃が飛翔する。
三回攻撃され、最初のカウントに戻ったそれが。
故に進は回避する。
しかし、その回避も特殊な方法だった。
「貴様、前にっ!?」
「前に俺が言ったこと、覚えてなかったか? お前のウエポンにはちょっとだけ面白いパターンがあったなって」
初めてだ。
初めてβ28が訝しげな、そうして進という存在を怪しむようなそぶりを見せた。
こいつは何を言っているんだ、と。
初めて自分が描いたシナリオから役者が抜け出したような。
つまり、そこまで見抜かれるのは予想外。
あるいはこの目の前の男は、自分ですら気がつくことのないくらいに微細な《ウエポン》の反応を捉えているのか?
「形は変わってる。攻撃方法も変わってる。けどそれでも、だ」
根本的な部分は全く変わっていないぞ、と。
殺しの専門家とも言っていいβ28に対して進はそう言った。
「何が」
「《遠隔斬撃》、だっけ? テメェはその特性を顕著に示してあのガラス片の遠距離攻撃を思いついたんだろうけど。……そのどっちも含めて、お前のそれは緩やかな
故に前に出てしまえば、狙った場所に当てられることは難しくなる。
あくまでも《遠隔斬撃》というのは《剣撃飛翔》だったのだ。
操作を行うのではなく、ただ飛ばすだけ。
「ッ!?」
「だからそこに俺が入り込めるスペースが生まれた」
至近距離で剣が振られたが、それは進がその場で錬成した短剣によって振り切ることは許されなかった。
鍔迫り合いの状態で、ニヤリと進は口角を上げる。
「なるほど、その《ウエポン》は振り切った時にしか発動できないのか」
「貴様は____!?」
系統で言えば、《居合斬り》に似たようなものなのかと進は思った。
決まれば最強格の攻撃となるが、そもそもそれを決めることを許してくれなければ全くもって無意味な技になる。
格ゲーで言って仕舞えば、技キャンセルが容易にできてしまうような。
β28は何か奇怪なものを見たような顔で、吠える。
「貴様は一体何者だ!」
「あぁ?」
その意味がわからずに、進は眉を顰めた。
「だから俺は、《錬金術師》だと____」
「違う、そうじゃない。いいや、そんなことはありえない。《錬金術師》? ただの一般人? ありえない。ありえない。ありえない。否、貴様は本当に人間か?」
本当に何を言っているんだこいつは、と思いながらも進は剣を弾く。
「俺は人間だ、当たり前だろう?」
「ではなぜ、貴様は一般人のくせして《ハンター》の最優先殺害目標になっている、と?」
殺人目標云々に関しては初耳、というか当たってほしくはなかった予想だが、そういえばと進は思う。
そういえばなぜ自分は、《ハンター》とかいう組織に襲われているんだ?
「俺が星見琴 光と親しい、から?」
「否だ。そもそもそんなこと如きでやつの周りの人間を始末しているとキリがない」
一番有力な説を、真っ向から否定されて進は目を見開く。
違うのか。
光と親しいことは関係なかったのか。
ではなぜ?
(俺が、転移者だから?)
まさか、と進はその思考を笑い飛ばした。
バレるはずがない。仮にバレたとしてもそんなものを《ハンター》が危険視するはずもない。
ではなぜ?
「《錬金術》。その《ウエポン》に原因があると考えれば?」
「ッ!?」
「たとえば《|原初の碑文《エメラルドタブレット》》。たとえば《|三倍も偉大な賢者《ヘルメス・トリスメギストス》》。貴様のその《ウエポン》には他にはない可能性がある。それが狙われる原因だとすれば?」
まさか、
まさかまさか、
まさかまさかまさか____。
(俺はその可能性を一番最初に排除していた?)
錬金術、その特異性は多くの文学作品や詐欺で語られてきた。
石を黄金に変えるだとか、不老不死の薬を作るのだとか。
少なくとも《錬金術》とはそれを達成するために作られたある一種の“学問“だ。
だがしかし、石を黄金に変えるなどできないと後世の研究で発見され、不老不死は夢物語になり、そうして他学問が発達するようになった時には古き良き錬金術というものは荒廃していった。
人々が学問と夢とを決別させた。
しかし、この世界なら?
「その《ウエポン》には物質という概念そのものに触れる権限があるのではないか?」
「《|万能元素《オーブ》》?」
条件次第で、どんな化学反応も起こし、どんな元素の代わりにもなるという。
最強の
それがあれば、そうして《錬金術》を極めれば。
黄金ですら無条件で生み出せてしまう?
そして、この世の全ての物質を超越しているというのであれば、不老不死だって?
「____まさか、そんな便利なものだとでも?」
「さぁな。それに」
次の言葉を待とうとして、しかしその声は続かなかった。
ビシャリ、と何か液体のものが地面に落ちた。
目の前で、鉄錆臭い赤が散った。
なっ____、と進は瞠目する。
β28が目の前で血を吐き出したのだから。
その要因は、後ろから剣に刺されたから?
まさか、
「《ハンター》。テメェら、仲間でさえ殺すのか!!」
刺した方の人間は、ハッと狂気まじりに言う。
「こいつは喋りすぎた。貴様に必要のない情報まで語りすぎた」
「だから殺した、と?」
仲間だった人間を、たったの一つの後悔もなしに刺し殺したと?
進はその時に本当に《ハンター》というものに憎悪を抱いた。
こいつらに、倫理観というものはないのかと。
裏社会の人間にそんなのを求めてはいけないということくらいは、理解していたがそれでも、だ。
「殺した、ではないな」
そんな激昂を知ってか知らずかそんなことはどうでもいいが、刺し殺した方の人間は進の言葉を否定した。
「生贄にするんだ。《ハンター》の実験物の顕現のな」
最も容易く首がとぶ。
そうして垂れて出てきた血液を浴びるように、刺し殺した方の人間はガッハッハ、と高笑いを飛ばす。
「今日の天気は、破壊のち血の雨、だ」
ゴポリ、
ゴポリゴポリ、
ゴポリゴポリ、ゴポリ、
ゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリゴポリ、ゴポリ____!!