あっさりと白状した
燎琉の腹には、言い知れぬ怒りが溜まっていた。
清歌は更に言葉を続ける。
「燎琉殿下は、近頃、
おっとりと微笑んだままの清歌は、本気で、自分が咎められるような何事かをなしたとは思っていないふうに見えた。
「お父様は、あとは自分がうまくやるっておっしゃっていたわ。よくすれば、煌泰殿下こそ皇太子になれる、とも……それって素晴らしいことだと思ったの」
少女はまだ言葉を継ぐが、燎琉にはもう、それらは半分耳に入っていなかった――……では、すべては、この目の前の少女に
ふつふつ、と、言に尽くしがたい憤りが湧いてくる。
「あなたは……っ!」
燎琉はてのひらを握り締め、奥歯を噛んで、
「あなたが、そうしたがために……ひとりの罪もない国官の人生が、理不尽に、歪められたんだぞ……! あなたにはそれがわかっておいでかっ?!」
燎琉は腹の底の怒りを極力抑えようと努めながら、それでも抑えきれずに、宋清歌を睨み据えた。
しかし少女にはまるで伝わらぬようだ。いっそ不気味なほどに明るい微笑を湛えたままで、彼女は、ことん、と、小首を傾げる。
「それがどうしたのですか? だって、わたくしは
彼女がしれっとそう
「ふざけるな……っ!」
気づけば声を荒らげていた。
「あなたが想い人と結ばれるためなら、何を、誰を、犠牲にしてもかまわないとでも言うのか!? 自分の想いは尊ばれるべきでも、他者の想いはどうでもいいとっ?!」
瓔偲は十八歳のときに科挙のうちの、
そんな瓔偲にとって、二年前の法改正によって得ることがかなった国官の地位は、苦悩と努力の果てに、奇蹟のように手に入れたものだっただろう。国府に勤めるようになってからも、癸性であるがゆえに辛い目を見ながらも
そんな者の想いを、清歌はあまりにも身勝手に踏み
そうしておきながら、どうしていま清歌は、まるで悪意の
「もちろん、そうは申しませんわ。――でも、どうせその国官は、癸性なのでしょう?」
「それはどういう意味だ……っ!?」
清歌の何気ないひと言に――それが何気なく発せられたひと言であっただけに、余計に――燎琉はいきり立った。
「たとえ思うままに生きられずとも、癸性であれば仕方がないとでも言うのか? 望まぬ相手と理不尽につがわわされて、
「――……ちがうのですか?」
清歌はこの期に及んでも、あどけない顔つきで、こと、と、小首を傾げる。
燎琉は絶句した。絶望的な、
わずかな期間とはいえ、こんな娘との縁を自分は望んでいたのか、と、それが情けなく、苦々しい気分になる。燎琉は言明しがたい怒りにふるえ、思わず、手を高く持ち上げていた。
眉を吊り上げ、目を険しく怒らせた燎琉を前に、
だが、清歌の侍女よりも先に燎琉を止めたのは――……瓔偲だった。
「殿下……お怒りを、お
燎琉の腕に取りつくようにして、こちらをじっと見詰めながら言う。
「だが、この者はお前を……お前を、あまりにも
燎琉は言い募ったが、瓔偲は静かに首を振り、口の端をゆるめた。
「わたしは、平気です……慣れていますから」
せつなく微笑むその端正な美貌に、燎琉はなぜか、泣きたくなっていた。
「っ、慣れるな……!」
上げていた手を下ろし、そのままに瓔偲を掻き抱いて、耳許に絞り出すように言う。
「そんなことに、慣れるな……!」
それは慣れていいことではない、と、そう思う。
慣れたと口にする瓔偲が、かなしくて、せつない。憤ろしいほどだ。
けれども、誰かに不当に、理不尽に扱われることに、癸性である彼が慣れるよりほかなかったとするならば、それはきっと瓔偲の側の問題ではなく、彼を取り囲む世間のほうの、この世界のほうの、根深い問題ではなかったのか。
「っ……すまない」
気づけば燎琉は詫びの言葉を口にしていた。
「殿下が謝ることなど、なにも、ございません。だって、不可抗力だったでしょう……?」
やさしい声が慰めるように言う。だが燎琉は強く首を振った。
最後の最後は自分だった、と、思った。
たしかにきっかけは、別の者の
「俺がお前を、咬まなければ……!」
ひとたび癸性の発情に
それでも燎琉は、あのとき己を抑え込めなかった自分自身を、どうしようもなく口惜しくおもった。
燎琉が項を咬もうとしたあの時、瓔偲は熱に理性を侵されていながらも、それでも精いっぱい抗うふうに見えていたではないか。やめてくれ、と、弱々しいながらも、拒む言葉を口にしていたではないか。
けれども燎琉は咬んでしまった。無理矢理、瓔偲を、つがいにしてしまった。
それさえなければ、瓔偲はいまも国官として、
瓔偲に何を言っていいか、わからない。何を言ったところで、足りない気がする。
燎琉はきつく眉根を寄せ、くちびるを噛みしめていた。
そして、何を思うのか、瓔偲は燎琉に抱かれたまま、無表情にじっと黙っていた。