「お忍び歩き、ずいぶんと慣れていらっしゃるんですね」
「叔父上がたまに連れ出してくれるから」
燎琉が瓔偲にとっても上司である
いま燎琉たちが
皇族や、あるいは士大夫を排出するような
すなわち、この
燎琉が護衛のひとりも付けずに気安く国府の外へ出るのに瓔偲は驚いたようだが――仮にも現帝の皇子である――ぞろぞろと護衛など引き連れていたのではむしろ悪目立ちして狙われる、とは、燎琉を時おり城外へ連れ出すことのある鵬明の教えである。燎琉は叔父の教えに忠実に
一応、腕にはそれなりに覚えもある。この点は、武門の名家出身である皓義を相手に、幼い頃から鍛錬に励んできた賜物だ。いざとなったら――太平を謳歌する
「ここか」
立派な店構えの
成人して間もない燎琉は、皇族であるとはいえ、一部の高官や、直接関わりのある国官などを除いては、まだほとんど顔などを知られてはいない。その点、忍び歩きには都合がよいわけだが、いままさに訪ねようとしている林珠寶店も――国府とも取り引きがあり、皇族の御用達でもある老舗であるとはいえ――すくなくとも、店舗に出ている人間が燎琉を見知っている可能性は限りなく低かった。
店の前で瓔偲と目を見交わし、燎琉は店内へと足を踏み入れた。
店にはいま他の客の姿はなかったが、連れだって訪ねた燎琉と瓔偲の姿を見とめると、店の者が接客のために近づいてくる。
「これはこれは、
ごくごく普通の長袍姿とはいえ、それでも、仕立ての悪くない着物を
「何かお探しでしょうか」
言われて燎琉は、すこし迷った。ここでいきなり本題を切り出していいものだろうか、と、思案する。
「
一拍沈黙した燎琉に、そう助け船を出したのは瓔偲だ。
燎琉、と、ふいに名を口にされて、こちらはそれにどきりとした。だがこれは、殿下、と、ここでその呼称を使うわけにもいかず、成り行き上、仕方なくのことだろう。
「あ、ああ」
妙なことに動揺してしまった己の気持ちを努めて抑えながら、燎琉はうなずいた。瓔偲の意図は、何かひとつくらい買い求めたほうが話もしやすくなる、と、たぶんそういうことなのだろう。
「簪を、いくつか見せてもらえるだろうか」
燎琉がそう言葉を継ぐと、店員はにこやかに笑って応じた。
「すぐにめぼしいものをご用意いたしましょう。さ、
促され、店の奥へと案内される。さすがに細工物などを商う
勧められて燎琉は椅子に腰掛ける。瓔偲はといえば、まるでこちらの従者よろしく、燎琉の
やがて簪を収めたらしい箱を側の者に持たせて、どうも店主と思わしき男が姿を見せる。こちらを、事の次第によっては上客になる、と、そう判断したのかもしれなかった。
燎琉が座る椅子の前に据えられた卓に、男は持たせてきた箱を置かせた。そして、満面ににこやかな笑みを浮かべ、箱の中身を指し示す。
「こちらの簪などはいかがでございましょうか。どれもうちの
言うだけあって、箱の中に並べられた簪はどれも華やかできらきらしい、いかにも上等な品ばかりだった。
燎琉はしばらくそれを眺め、迷いながら
これでも皇族の一員だから、優れた細工物を見る機会には恵まれてきた。だから、自然と、見る目自体はそれなりに育ってはいると思う。
だが、これまでのところ燎琉は、誰かのために簪を選ぶような機会を持ったことがなかったのだ。
宋家令嬢の
庭園を散歩し、仕事や趣味について軽く会話をする程度のことはしたが、まだまだ、ふたり愛を語り合うような、逢瀬と呼べるほどの段階に進んではいなかった。互いに
当然、贈り物など、機会もない。
宋清歌との関係がもしもあのまま順調に進んでいたならば、あるいは、いつかこうして彼女に装飾品を選ぶ機会を持ったりもしたのだろうか。たとえば彼女と並んでこの店を訪れて、と、そんなことを想像してみても、燎琉の胸には奇妙な感じが湧くばかりだった。
むしろ、と、燎琉はふと、いま実際に隣に立つ瓔偲の端正な立ち姿に目をやった。
瓔偲の黒髪は、
髻に
「――……もうすこし、落ち着いたものはないか。
気がつくと燎琉はそんなことを口にしていた。
たとえば
「燎琉さま……?」
少女への贈り物にしては、だが、それではあまりに落ち着き過ぎている――有り体に言えば地味、あるいは
が、すでに口に出してしまったものは仕方がない。
「いや……お前にもひとつどうかと思って」
むっと唇を引き結び、眉を寄せながらぼそりと言った。
「え?」
燎琉の言葉に瓔偲は瞠目する。
「いいだろう、べつに!」
相手の反応に、燎琉はそっぽを向いた。
どうせ
燎琉は眉を