「お前は……!」
燎琉は瓔偲があまりにもすらすらと言葉を
けれども、そこで、はっと口を
まるで自分だけが、つがいを得たこと、その人をまさに迎え取ったのだという事実に、振り回されているかのようだ。
燎琉は顔を上げて、瓔偲のほうを――その真意を探るように――まじまじと見詰めた。
「国官、しかも
瓔偲は穏やかに笑って、ふ、と、ちいさく――どこか自嘲めいた――息を|ついた。その静かな微苦笑は、こちらに、ちっとも感情を読み取らせてはくれない。
それを目にすると、説明できない苛々にまた尖りかけていた燎琉の気持ちは、またしても、不思議と凪いでしまっていた。相手から再び、すっと視線を逸らしている。
「殿下」
「……なんだ?」
「殿下から妃として遇していただくことを、わたしは、もとより望んでおりません。ですから、もしもいま殿下に、誰か、想いを寄せる御方がいらっしゃるのなら……殿下には、その想いを、どうか大切になさってくださいませ。殿下は
己の想いを大事にせよ、と、間もなく
だが燎琉は、またしても、瓔偲の言葉の真意を掴みかねて戸惑っていた。
妃として遇さずともよいとは、いったい、どういうことだろうか――……婚姻を前に、けれども、すでに瓔偲は燎琉との間に愛を
瓔偲は燎琉に、彼の夫たることを、まるで期待していない。
相手の言葉の意味をそんなふうに理解すると、その宣告が、なぜか燎琉の胸をきゅうっと締めつけた。息が、詰まる。
「っ、でも……お前は?」
自分でも説明のつかないような
たしかに第二性が甲である燎琉は――つがいを得たことで、瓔偲以外の他の
だが、一方で、癸性である瓔偲はそうではないのだ。
目の前のこのしなやかな身体は、もはや、つがいとなった燎琉以外がひらくことはできない。
瓔偲は
このひとは
ふいに、気高く咲き誇る白百合のような香が匂い立ったような気がする。その途端、ふらりと手が伸びていた。
気づけばてのひらを相手の白い頬に触れさせて、意図せず、親指の腹で薄いくちびるをなぞっている。
「殿下……?」
瓔偲は抵抗しなかったが、
くちびるに触れていた手指がほんのりとぬくもりを帯びた吐息を感じ、それで燎琉は、はっと我に返った。
「か、らだ……その……大丈夫、だったのか?」
手を離しながら言い訳のように口にしたのは、いかにも今更な、そんな問いだった。
瓔偲がはたはたと
「はい。お気遣いありがとうございます」
相手は静かに答えた。
燎琉は、ほ、と、安堵の息を漏らす。けれども、それがいったい、相手が無事を告げたことに対しての安堵か、それとも己がいま無意識にとってしまった行為を
そして、もしも後者ならば――……いったい、誤魔化すべき何が、我が心のうちには生じているというのだろうか。
燎琉は己の感情を掴みかねて、眉間に皺を寄せた。
「殿下は……お優しくていらっしゃいますね」
瓔偲がそんなことを言った。
「べつに」
燎琉はつい、ぶっきらぼうに返事をしている。思わず相手から顔を背けてしまった後で、ちらりと横目に相手を窺うと、瓔偲はやっぱり頬に
いったいこの平静は、彼が自分よりも
「お前は……いいのか? その……俺との、婚姻のこと」
それよりもなによりも、不慮の事故によって燎琉と間で番の関係が結ばれてしまったことを、彼はどう受けとめているのだろう。
ふいにそれが気にかかって、燎琉は顔を上げ、もうすぐにも自分の
燎琉の問いに、瓔偲はしばし黙した。
が、やがて真っ直ぐに燎琉を見返すと、言った。
「よい……わけがありません」
それは、あまり感情の籠らぬ声だ。
はっきりと聴こえたその内容に、燎琉は息を呑んだ。
だが、そんなこちらを気に留めるふうもなく、瓔偲は続ける。
「わたしは官吏です。下官に過ぎぬとはいえ、
黒曜石の眸が、真っ直ぐに燎琉を見る。その眼差しには、こちらをたじろがせるような、強い光が宿っていた。
燎琉は目を
「あ……」
なにを言って良いかもわからないまま、それでも何か言わずにはいられなくて、意味のない
「そう言って、殿下をお恨み申せばよろしいのですか?」
ふと、瓔偲はやわらかく