テルヤの到着から二十分ほど遅れて、寺町御門の封鎖エリアに純白のメルセデスベンツ・Gクラスが乗り入れた。
ゲレンデとも呼ばれる高級車から降りたのは、四人のバグホルダーだった。
「なんや事件現場みたいになったはるなあ」
助手席から降りたアラタが、真っ先に口を開いた。
百七十七センチとさほど長身というわけではないが、ハイブランドのカシミアセーターをざっくりと着こなす姿に品が伴う男だった。
「逆に目立ってる気いするねえ」
後部座席から降りたミツが、アラタの言葉に同調するように言った。
軽やかに切り揃えられたショートボブで、ダークブラウンのリブニットの上に同系色の薄手なカーディガンを羽織っている。豊かに盛り上がった胸が視線を集めることに動じない余裕を持った女性だった。
「……」
ミツに続いて後部座席から降りたハルミは無言だった。
艶やかな黒髪を胸まで伸ばしており、前髪は切り揃えてあった。肌の白さと手足の細さとが相まって、自身が愛好する球体関節人形のような雰囲気を持っていた。
「……はよ入ろ」
最後に後部座席から降りたウブが、つかつかとブルーシートで急造されたテントに向かって歩いた。
黒髪のポニーテールが揺れる。メタルフレームの眼鏡をかけており、切れ長で三白眼の目はまっすぐに前だけを見つめていた。
「そやな」
アラタがウブに続いてブルーシートのテントに入る。ミツとハルミも後に続いた。
四人の到着を待っていた猪上が声をかける。
「お疲れ様です。どうぞ、こちらへ」
後藤は漆黒の壁を背にして立っていた。
「ご苦労。早速で悪いが異空間の中に入ってもらう。先行する五名と速やかに合流してもらたい。ゲームのクリアを最優先とし、物資の調達や施設の利用に関する気兼ねは無用。バックアップもままならない状況だが、九名で協力し、京都を解放してもらいたい」
「了解です」
アラタは即答すると、後ろの三人に声をかけた。
「ほな、行こか」
「場違いに軽いわあ」
ミツが呆れた口調で言うと、アラタは微苦笑を浮かべた。
「重苦しゅうして事態が好転するんやったら、なんぼでも重い声ぐらい出すんやけどなあ」
「まあそうやんねえ」
ミツは同意を示すように微笑むと、前に出て漆黒の壁にそっと触れた。手の先が抵抗なく壁を通り抜ける。
アラタも同様に壁に触れた。
「ほんまに抵抗ないんやな、俺らには……ほな行くで。ウブも、ハルミさんも、ええな?」
「うん」
ウブは即答してアラタの横に立った。
無言で首肯したハルミも、漆黒の壁の前に立つ。
「よっしゃ、突入や」
アラタの掛け声に合わせて、ミツとウブも揃って足を踏み込む。ハルミは一呼吸遅れて足を踏み入れた。
壁を通り抜けた四人の前には、微笑を浮かべたスセリが立っていた。
「はじめまして。
アラタが躊躇せずに、一歩前に出る。
「おまえさんがスセリ、この空間の神さんか」
「はい。まず、みなさんにはログインしていただきます」
スセリを制止するように、アラタが語気を強めた。
「ちょい待ち。その前にひとつ訊いてええか?」
「なんでしょう」
「おまえさんを、今ここで殺したら、この異空間はどうなるんや?」
「わたしを殺傷するという前提が不可能です。すでにあなた方はわたしの支配下にあります」
「動きを止めるどころか、俺らを即座に消すぐらい簡単っちゅうわけか」
「そうです。では、ログインを」
平然と告げたスセリが、指をパチンと鳴らす。
四人の全身が明るい緑色の光に包まれ数秒で光が消えると、四人の服装と髪の色が変わっていた。
アラタはダブルブレストで芥子色の古風な軍服を着ており、短く刈り上げた髪はダークブラウンになっていた。
「なんや、武器やら防具は無しかい」
軽い口調で突っ込むようにアラタが感想を口にする。
ウブは太ももが覗く深いスリットの入った藍色のチャイナドレス姿だった。ポニーテールの黒髪は鮮烈な
ミツは豊かに盛り上がった胸を際立たせるような淡い翠色のノースリーブのドレスで、ショートボブの髪は
ハルミはストレートロングの黒髪が艶やかな金髪に変わっていた。服は光沢のあるパッションイエローでショート丈のワンピースドレスだった。
「これからバトルって感じのコスチュームやないなあ」
アラタの感想を無視するように、スセリが告げる。
「ゲームでの属性は、新さんは土、生さんは水、遥海さんは光、美都さんは風です。ゲームの詳しい内容は斎さんに聞いてください。では、わたしは消えます。エニアドを楽しんでください」
「あ、おいっ!」
アラタの制止を聞かずに、スセリが瞬時に消える。
「ふう……生殺与奪を握って高みの見物ってわけかい。説明も人任せとはなあ……斎さんに聞けってか」
アラタは溜め息を漏らしながら、左手首に装着した情報端末でイツキに電話をかけた。
「もしもし」
イツキは三コールで電話に出た。
「ああ、鈴江さん? お久しぶりです、坂木です。いま四人で入りましたわ」
「はい。猪上さんから連絡がありました。寺町御門ですよね。今そちらに向かっているところです」
「そですか。ほな、ここで待っときます」
「はい。では」
イツキが電話を切って数分後には、先行して異空間に入った五人が寺町御門に到着した。
真っ先に口を開いたのはアラタだった。
「なんやかんやで形はずいぶん変わってもうたけど、結局は顔合わせすることになりましたなあ」
「そうですね。形は本当に変わっちゃいましたが」
同意するイツキに、アラタが提案する。
「アシナヅチとしてイルリヒトの中枢におる鈴江さん以外は、初めて会うメンツも多い。自己紹介から始めましょか」
イツキとアラタの会話を遮るように、ヒジリがバッと右手を挙げた。
「はーい! 提案があります!」
全員の視線がヒジリに集まる。怪訝な顔を隠さずにイツキがヒジリに訊く。
「なんだ急に」
「いきなりフルネーム覚えるのめんどくさいから、名字は抜きで名前だけにしよ。呼び方も名前で統一してさ」
ヒジリの提案を聞いて、すぐさま賛成したのはミツだった。
「たしかに一理あるやんねえ……それがええんとちがう?」
「でしょ。これから一緒に戦う仲間なんだし、名前でいいよ名前で」
ニカッと笑うヒジリに対し、反論する者はいなかった。