「こりゃぁ、酷いもんだな」
「……悪いな」
霊斬が掠れた声で言う。
霊斬は両太腿以外、身体に夥しいほどの刀傷を負っていた。その中でも腹と両肩、両腕が酷かった。
ぼろぼろの黒装束を脱がせ、半裸にし、足をまくる。
四柳は考える。縫合をしたいところだが、時間がかかりすぎる。手っ取り早く出血を止めるところから始めた。
助手を二人呼びつけ、大量の布を持ってこさせる。まずは両腕の一番深い傷に布をきつく巻きつけて縛る。続いて両脚の二か所を同じようにする。と、四柳は腹の真ん中にある刀傷に布を当てて押さえ、助手二人は、それぞれ肩と腕の真ん中を全体重をかけて止血し始めた。
「ぐっ……!」
霊斬が呻く。
三人はそれを気にもせず、傷口をじっと押さえ続けた。
朝になってもまだ止血は続いていた。少しずつ、出血が緩やかになってきていた。巻いた布は真っ赤になった。
それを気にしつつ、四柳は霊斬の腹全体に力を込めた。
霊斬は痛みに顔をぎゅっとしかめていた。
さらに経ち、四柳と助手二人で押さえた場所の出血は最初に比べ、ずいぶんとゆっくりになった。
四柳は胸の辺りに布を敷き、上からぎゅっと押さえ込んだ。
助手達に縛ったままの布を替えるように指示。
霊斬の身体の周りには、鮮血で真っ赤に染まった布がいくつも転がっていた。
止血を長い時間かけて終わらせると、四柳は薬研の中に大量の薬草を入れ、急いで混ぜ始めた。
手早く混ぜると、広げた布に丹念に塗り、胸に広げる。続いて腹。腕には隙間が開かないようにゆっくりと巻いていった。両肩には薬草を塗り、折り重ねた布を乗せる。両脚には畳んだ布に薬草を塗って当てる。
助手に布を押さえるように言い、胸から晒し木綿を巻き始めた。腹、両肩、両腕、両脚の順に巻いていった。
「……やっと終わった」
四柳が額を拭い、格子窓を見上げると日が高いところまで昇っていた。
四柳は、半裸の霊斬に布団をかけ、眠っているのを確認すると、前の部屋へ顔を出した。
すると、千砂が横になって眠っているのが見えた。
「長かったからな」
四柳は独り言ちた。
「ん……」
千砂がぼんやりと目を開ける。
「嬢ちゃん、起きたか」
「霊斬は?」
千砂は飛び起きて、四柳に尋ねた。
「今は眠っている。なんとか止血もできた」
「そうかい。……よかったぁ」
千砂は胸を撫で下ろした。
「霊斬が目覚めたら、知らせる」
千砂はその言葉にうなずき、診療所を後にした。
霊斬が目覚めたのは七日後の夜だった。
「んっ……」
全身を痛みが駆け抜ける。霊斬は思いっきり顔をしかめた。
「起きたか、嬢ちゃん!」
四柳の声が響く。
霊斬はぼんやりと天井を眺めていた。
「霊斬!」
千砂が慌てて入ってきた。
霊斬はなんとか首だけを動かして、彼女を見た。
「……無事か?」
「当たり前だよ」
霊斬は安堵したかのように笑った。
「あたしのことより、自分の心配しなよ」
千砂が呆れたように言う。
「俺は
「いいわけがない」
千砂が反論する。
「それはそうなんだが。俺はそう思うんだよ」
霊斬は困ったように笑った。
「……痛かっただろ」
千砂は霊斬に視線を合わせると、真面目な顔をしていった。
「火傷よりはましさ」
霊斬が苦笑する。
「強がるんじゃないよ」
「なぜ、そうだと分かる?」
霊斬は傷が痛んだものの、顔をしかめるだけでやり過ごした。
「あんた、自分じゃ分かっていないようだけど、辛そうな、泣きそうな顔をしているんだよ」
霊斬は目を見開く。
「そんな顔、していたか」
霊斬は困ったように笑う。
「うん、そんな顔、見たくない。恒に傷つけられている間、あんたはとても哀しそうな眼をしていた。人の心を壊すことがどれだけ罪深いことなのか、分かっていたんじゃないのかい?」
霊斬は視線を天井に投げた。
「……ああ。それは分かっていた。依頼人がそう願ったとはいえ、俺の取った方法は最も
霊斬は波ひとつ立たない水面のような、感情の見えない双眸をした。
「狂っている……」
千砂はその言葉を反芻する。
――違う。恒の狂った姿を見たから分かる。霊斬は決して狂っているわけではない。哀しいけれど、堅い覚悟を持っている。普通の人が決して持ちえない、強い意思を。自分の感情や、本能に蓋をして、冷静さを崩さないまま、依頼人のために行動する。すべてを理解した上で、自分がなにをしているのかを、きちんと把握した上で。事実を受け容れてもなお、動じない。