大通りに向かうや、大勢の人が立ち並ぶ店の前に並んでいた。
遠くからお囃子の音が聞こえてくる。
「そろそろか」
霊斬は、背の高さを生かし、街の南側を見つめて言った。
「なにが、そろそろなんだい?」
千砂は必死に背伸びをするも、人の壁に阻まれ、その先の光景を見ることができない。
「こっちだ」
霊斬はそう言うと、大通りのさらに北、人のいない場所へと連れていく。
人が多いところから離れているが、千砂はそれを口にせず、ついていった。
お茶屋の前で立ち止まり、店の前に出ていた椅子に腰かけた霊斬は、手招きをした。
千砂も椅子に座ると、南側からお囃子の音とごろごろという音が聞こえてくる。
視線を向けると、二本の綱を大勢の人がつかみ、舞台を引っ張っている。それも老若男女問わず。子どももいた。さすがに舞台の近くには若い男衆がいる。
「凄い……」
千砂は息を呑む。
「ここからだいぶ歩いたところに、大きな神社があるのを知っているか?」
「ああ。ほとんど人の出入りがないって聞いているよ」
千砂の言いように、霊斬は苦笑する。
「この日だけは違うのさ」
霊斬は立ち上がって、歩き出した。
千砂も続く。
「舞台がくるまで、かなりの時がかかるから、先に神社にいってしまおうか」
霊斬の言葉にうなずいた千砂はのんびりと歩く。
霊斬はなにかに気づいたのか、千砂との距離を詰める。
「なんだい?」
「伏せろ!」
霊斬は言うとともに、千砂を抱きしめた。千砂はわけが分からないという顔をしたまま、霊斬に抱きしめられ、その場にしゃがんだ。
近くで、なにかが肉に刺さるとても嫌な音を聞いた。
千砂は霊斬の腕の中で暴れると、あっさり解放してくれた。そんな霊斬に詰め寄った。
「いったいなんだい? さっきの音は? ちょっと、聞いているのかい! げん……」
問い
霊斬は顔をしかめ、左手に視線を落としていた。
それに倣うと、彼の左手に矢が刺さっていた。
それを見た別の女が、悲鳴を上げた。
「きゃあ!」
「こっちだ」
霊斬は左手をそのままに、千砂の手を取って立ち上がらせるや、駆け出した。
どこにいくのかも聞かぬまま、千砂はひたすらに走った。大通りを西へ向かい、袋小路を見つけると、ようやく霊斬が足を止めた。
手が離れると、千砂は深呼吸しながら、その場にしゃがみ込む。
「……千砂」
「なんだい?」
千砂が顔を上げると、しかめっ面の霊斬と目が合った。
霊斬は矢の先の方を持って、ぽきりと折る。
きょとんとする千砂に、それを差し出した。
矢の先には文がついていた。
千砂はそれを受け取り、文の内容を読み上げた。
『祭りはお主達のような人が、楽しむものではない。神聖なものを穢すな』
「……矢は、千砂を狙っていた。これだけの怪我ですんでよかった」
「怪我にいい悪いもあるかい!」
千砂が怒鳴る。
「悪かった」
霊斬は謝ると、手の甲に刺さっている
新たな鮮血が溢れ、地面を染めていく。
懐から手拭いを取り出して、千砂に渡す。
「縛ればいいのかい?」
霊斬はうなずく。
千砂は少し慣れない手つきで、手拭いを巻きつけると、最後、きつく縛った。
手拭いはすぐ真っ赤に染まったが、鮮血が垂れることはなかった。
「せっかくの祭りが台無しだな」
霊斬は溜息を吐く。
「それどころじゃないよ!」
千砂の怒鳴り声に、霊斬は肩をすくめる。
「言い分は店で聞く」
両手をそれぞれの袖に入れて掌を隠すと、霊斬が歩き出した。
怒った様子の千砂は、不服そうな顔をしながらも、後に続いた。
それからしばらくして、霊斬の店に辿り着く。
支度中の看板をそのままに、霊斬と千砂が、中に入る。
「お前に怪我がなくてよかった」
「そうかい」
言いながら霊斬は奥の部屋へいき、胡坐をかいて座る。
千砂はその正面に、正座をした。
「誰にやられたのか、分かるかい?」
霊斬は首を横に振る。
「だが、俺達のことを知っている者の仕業だろうな。警告のつもりか……」
霊斬は考え込む。
「そんなことは、後で考えればいいんだよ! それより、四柳さんのところへいきな」
不機嫌そうに千砂が言う。
「……分かった。ついてくるのか?」
霊斬は溜息を吐く。
「あんたの考えに付き合っていたら、いつになってもいかないだろ」
霊斬はその言われように苦笑し、千砂とともに店を出た。
「俺だ」
右手で診療所の戸を叩くと、四柳が顔を出す。
「お前がまともな時間に顔を出すのは、初めてだな」
四柳の言葉に、霊斬は苦笑するしかない。
「嬢ちゃんも一緒か。入れ」
四柳の後に二人が続いた。
千砂は勝手知ったるというように、前の部屋に入った。
四柳と霊斬は奥の部屋に入る。
「診せてみろ」
霊斬はそれまで隠していた左手を出すと、真っ赤に染まった手拭いを外す。
「鏃の痕か。珍しい」
「ああ」
霊斬は四柳の言葉にうなずく。
四柳は手を動かしながら聞いた。
「祭りにでもいっていたのか?」
「まあな」
霊斬はなんでもお見通しかと言わんばかりに、苦笑する。
「嬢ちゃんの恰好と表情を見れば分かる」
「そうか? 確かに着物がいつもと違うくらいだが」
「もっとちゃんと見てやれよ」
四柳が溜息を吐く。
霊斬は首をかしげるばかりである。