決行日当日の夜、黒の長着に同色の馬乗り袴、黒の足袋、同色の羽織を身に着ける。隠し棚から黒刀を取り出して腰に帯びる。黒の布を首に巻いて、顎から鼻まで引き上げる。草履を履いた霊斬は、店を出た。
依頼人と待ち合わせた場所で、物陰に隠れて待ち構えていた。
「こんなところに連れてきて、いったいなんなんだ」
不満そうな男の声が、続いて女の声が、聞こえてきた。
「ちょっと待っていて」
その言葉に従った男から女は距離をとるとそのまま逃げ出した。
女がいっこうに戻らないことを不思議に思いつつも、男はその場に突っ立っていた。
「なにしているんだ、あいつは……」
男が溜息を吐く。
霊斬がちらりと上を見ると、見下ろしている忍び装束姿の千砂と目が合った。
それをなにごともなかったかのように無視し、霊斬は声を出した。
「人を待っているのか?」
「……ああ」
驚いたふうの男の前に、霊斬は姿を見せるも、真っ黒のため、目しか分からない。
「実は俺も、人を待っている」
「そ、そうなのか。あんたは誰だ?」
怪しいと思ったのか、男が警戒する。
「答える必要はない。貴様にひとつ、聞きたい」
霊斬は冷ややかな声で吐き捨てた。
「答えられることなら」
「徳助、か?」
「どうして名を……」
その言葉を遮って、霊斬は声を出した。
「答えろ」
「そうだ」
霊斬はそれだけ聞くと、ゆっくりと刀を抜き、背に隠す。
「それからもうひとつ。どうして貴様は暴行をやめない?」
「……あれは僕のものになる、女だ。どう扱おうと僕の自由だろう」
なぜそれを知っているのかと怪しみながらも、徳助は答えた。
「貴様は勘違いをしている」
「勘違い?」
徳助が首をかしげる。
「それがいいことではない、ということだ。人を奴隷のように扱おうものなら、少なくとも、声のひとつやふたつ、上がるものだ。だから、こうして俺がいる」
「……自分が
「そうだ。そしてその行為には必ず報いがある。貴様だけが許されることではない」
「僕を殺すのか?」
その問いに霊斬は首を振った。
「いいや、違う」
霊斬は話に付き合うのに疲れたのか、背に隠していた刀をずるり、と出す。
徳助の怯えた表情を見た瞬間、霊斬はあっという間の距離を詰め、徳助の右肩を刺し貫いた。
「あああ!? い、痛い……」
悲鳴を上げた男に対し、霊斬は大きな溜息を吐いた。
徳助の胸倉をつかんで、壁に叩きつけ、右肩を抉る。
大いに叫んだが、霊斬の動きは止まらない。
刀をそのままに、腹や頬を殴り始めた。その動きはどれも隙がなかった。霊斬の繰り出す一撃はどれも重く、男が情けない声を出すのは一分もかからなかった。
「もう……やめてくれ」
「いいだろう、だがな、貴様はその発言すらも許さなかった。貴様が自分のものだと言った女の気持ちが、いくらか分かっただろう。改めなければ……命はないと思え」
霊斬は冷ややかな声で言った。
「……ああ。あいつには、ちゃんと、謝るから、もうやめてくれ……!」
懇願する男から刀を抜いて、鮮血を振り落とし、鞘に仕舞うと店に戻った。
千砂は徳助がふらふらしながら、通りを歩いていくのを見送ってから、その場を去った。
翌日の昼間、依頼人が顔を見せた。
「ありがとうございました」
依頼人は床に腰を下ろすや、礼を口にした。
「あの後、どうでしたか?」
霊斬が尋ねると、女が少し安心したように答えた。
「傷の手当てもせずに、土下座をして謝ってきました。どうやら心を入れ替えたようです」
「そうですか」
「本当に、ありがとうございました」
依頼人は言いながら、銭五枚を差し出した。
霊斬は苦笑しながら銭を受け取り、袖に仕舞った。
「またのお越しをお待ちしております」
霊斬は頭を下げた。