ShortStory2 - Episode 4


「まぁ良いじゃないですか。貴方の名前をしっかり知らないとこちらも対応しかねるので……『偽番竜』さん?」

『ふふ、バレては仕方ない……そう。我はラードーンではない。否、ラードーンでありラードーンではない者である……ッ!』


鑑定結果として、私の目に表示された名前はラードーンではない。

そもそもとして、元ネタはあるものの神話に登場するような竜ではない名前が表示された。

その名は、


『我の真の名は『偽番竜ジャバウォック』ッ!概念の存在であり、この庭に存在していた百頭の竜を喰らい、この庭園の主となった者であるッ!!』


【ダンジョンボスの真名が看破されました】

【ボス:『偽番竜ジャバウォック』】

【真名看破により、ダンジョンに影響が発生します】

【ダンジョン名変更:『写し鏡の偽庭』】

【『空浮かぶ』の特性を失ったため、落下を開始します】


ダンジョン全体ががくんという強い揺れに襲われる。

周囲に目を向ければ、ログ通りにダンジョンが落下しているのが目に見えた。

当然、戦闘している場所自体が崩壊すればジャバウォックは兎も角として、人の身である私は死んでしまうのだから、時間制限がついたのと同義だ。


だからこそ、私は腰を低く前傾姿勢を取り自身の武器を初めて取り出した。

私は普段普段武器はあまり使わない。

というのも、最近の戦闘では【フギンとムニン】による『自律陣』で片がつくし、このゲームを始めた頃は短剣を使っていたものの、それも本当にどうしようもなくなった時だけしか今は使っていない。

メウラに作ってもらった白銀のナイフはそれこそ、現状戦闘に使えるような効果が付いていないためにインベントリの肥やしとなっている状況だ。


では、何を使うのか。

答えは簡単だ。


『ほう、見た目に似合わず直剣か』

「両手が埋まるんで、普段はあんまり使わないんですけどね」


私が虚空から取り出したのは、巨大な両手剣。

ほぼほぼ私の身長と同程度はあろうかという大きさのそれを取り出し、腰に合わせるようにして構える。

ジャバウォックはこれを直剣と称したが、実際はツヴァイヘンダーと呼ばれる長巻に近い武器だ。

柄に骸骨の身体が巻き付いたかのような意匠がされている以外は無骨な鉄のみの代物。

だが、私は近接戦闘をしなければならない時は愛用している。

そのツヴァイヘンダーの銘は、『残架の直剣』。――ボスインフリクトアイテムだ。


「行きます」

『来い』


短く言った後、私は身体の前に出現した【過ぎた薬は猛毒に】の陣の中に飛び込むように移動を開始した。

瞬間、私の身体が一気に前方へと加速し、ギシギシと関節や筋肉が軋む音を聴きながらジャバウォックの背後へと駆け抜けた。

まだ相手はこちらの速度に目が追いついていない。

片足を犠牲に、再度地面を蹴る事で勢いを止め、そのままこちらへと身体を向けようと反転し始めた竜の巨躯へと跳び掛かり、直剣を上段へと構えた。


それと同時、私の進行方向に再度【過ぎた薬は猛毒に】の陣が出現し、私を迎えるかのように強制的に埒外のバフを与えていく。

先ほど掛かったのは速度強化と再生強化、反射能力強化。

そして今回掛かるのは引き続き再生強化と反射能力強化、そして新たに筋力、防御力強化の4種である。


視界が赤く染まる。

恐らくは視神経か何かが目まぐるしく動くのに耐えきれなかったのだろう。

しかしながら私の視界は続いている。無理やりに強化されている再生能力が視界を塞ぐのを良しとせず、自壊しようと休ませることを良しとはしない。


空中へと躍り出た私をジャバウォックはやっと捉えることが出来たのだろう。

その大きな口へと火炎が蓄えられていく。

竜種特有の息吹、もしくはそれを弾として撃ちだしてくるのだろうか。

しかし火はいけない。熱がある。

ジャバウォックが私の自動防御陣の弱点を悟ったかどうかは分からないが、熱を喰らうのには滅法弱い【スヴァリン】を盾にするには無理しかない。弾であれば1発、息吹であれば……3秒持ちこたえれば良い方だろうか。


だが、そこまで心配もしていない。

酷く長い一瞬。私の身体が落下し始め、竜の背中へと剣を振り下ろそうと。竜が火炎を吐き出そうとしているこの一瞬に、別の思考を持つ存在は割り込んでくる。

何度目か分からない、私の目の前へと現れるデフォルメされた研究者の『自律陣』。それと共にデフォルメされた火のついた鼠の意匠がされた陣が出現し、消えていく。

もたらされるは、全身を覆うように生じた赤の光だ。


耐熱強化陣【火鼠は生まれ出ずる】。単純な耐熱耐性を付与してくれるだけの『自律陣』。

それに加え耐熱ポーションを限界強化した上で付与された私の身体は、一切の熱をダメージとして通さない。

【フギンとムニン】の一番の強みが、これだ。

状況に合わせ、私が欲しい時に、私と同じ思考速度で陣を構築してくれる。

私の思考速度が強化されれば強化されるだけ、魔力が続けば続くだけ、同じようにリアルタイムで強化されていく魔術。それが【フギンとムニン】なのだ。