「や、やっと着いた……」
巫女さんから教えられた位置にやっとの思いで辿り着く。
近づくにつれて、海洋系敵性モブが増えていくのは大変面倒くさかったが……まぁ良いだろう。
現在位置は『惑い霧の森』の最深部……巫女さん側のボスエリアがある場所よりも更に深く森の中へと入った位置。
私だから良いものの、霧を見通すのに魔術を使っている場合はMP管理をしなければまともに活動出来ないであろう程に入り組んだ場所だ。
そこには、朽ちた鳥居が1つ在った。
深く濃い霧の中でも分かる程の赤。しかしながらそれに絡みつく植物達を見るに、最後に手入れをされてからかなりの時間が経過しているのが分かる。
だが社のようなものは存在せず、周囲には木々が。そして鳥居の奥にはこちらを飲み込もうとしているように感じるほどに暗い洞窟の入り口が存在していた。
鳥居の前、端の方に立った後に一礼してからその奥の洞窟を見る。
暗く、やはり手入れがされていないようで、植物による浸食が激しいのがパッと見るだけでも分かる。
だが、それでも1つ分かりやすく残っている人工物も目に留まる。
それは階段だ。
洞窟に入ってすぐ存在する、下へと……地下へと続く木製の階段。
恐らくはあそこが入り口なのだろう。
私は少し警戒しつつも、鳥居を潜りその奥へ……洞窟から階段を降りていく。
暗く、じめっとした空間を降りていくと、冷えた空気と共に淡い光が見えてくる。
青白い光……あのダンジョンで見た光だ。
この先に居るのだろうと思いつつ、私は霧を濃く纏いながら目的地へと到達した。
「……おぉ、見事なもんだねぇコレは」
前にそこに落ちてきた時も、そしてそこから出ていく時もまともに景色を楽しむという余裕はなかった。
しかしこうしてゆっくりと見渡す時間があると、自身の貧相な語彙力ではただただ『見事』と言う他無い光景がそこには広がっていた。
地下にぽっかりと開いた空間の中。
何かに反応しているのか、青白く光を放つ苔のような植物が照明代わりとなっているその空間は、ただ1匹の為にある。
階段を降り切ってすぐの位置から、ほぼその空間全面を覆うような地底湖。
その水面からは光の粒子が立ち昇り消えていく。
否、消えていくのではない。階段を伝い外へと流れていっているのだ。
「ふむ……おーいサメくんやーい」
呼び名を決めていなかったな、と思いつつ。
私はそんな湖のほとりから、ここの主である『瞬来の鼬鮫』を呼ぶ。
すると、すぐさま反応があった。
湖の上……空中に一度転移したその巨体は、こちらの姿を見るや否や再度水中に転移し、ゆっくりと水面からこちらへと近づいてくる。
何か某有名サメ映画のBGMを流したくなる絵面ではあるが、相手にそんな意図は無いだろう。
「おぉ、来たね来たね。この前はごめんねぇ、時間がなくて」
『……!』
「んんー……ごめん、ちょっと流石に私もサメの言葉は分からないんだよ……あぁそうだ」
私は通訳役として、ある存在を呼ぶ事にした。
と言っても、巫女さんや馬鹿狐のような存在ではない。
「『禁書棚』~」
突如出現した本棚に驚いたのか、イタチザメが少しばかり私から離れたものの。
私は気にせずにそれに納められている一冊の本を取り出し、躊躇なく開く。
その本の名は――『The envy first tale』。
『――呵々!これはこれはアリアドネ、外に出してくれて助かるぞ』
「いやぁ一応約束なんで。あと今回はちょっとお願いがあるんですよ、蛇さん」
【嫉妬の蛇】もとい、【羨望の蛇】。
魔術言語で出来たこの蛇は、恐らくだが私の知っている存在の中で一番知識が深く、私とコミュニケーションも取れる。
……まぁ少し心配でもあるんだけど……良いか。
『ふむ?……大体は想像がつくがな』
「あぁそれなら良かった。新しくうちの子になったボスが居るんですけど、ちょっと意思疎通が取りにくいんですよ」
『……別に我は通訳者ではないのだがなぁ。まぁ良い。やってみよう』
私の身体に絡みつきながら、その頭をイタチザメの方へと向ける【羨望の蛇】。
一瞬その蛇に対して大きく口を開けようとしたものの、蛇の身体から漏れ出た濃密な魔力に怯んだのか少しばかり後退るように距離を取る。
「怖がらせないでくださいよ」
『……これ我が悪いのか?それに一応イタチザメだろう。気性は荒いはずだが……大人しいな』
「大人しいですねぇ。こっちはやりやすいですけど」
『ほれ、サメ。貴様何かアリアドネに言いたい事はないのか?我が呼ばれた意味が薄いではないか』
急かすように蛇が言うと、イタチザメは少しだけ遠慮したかのように近づきつつ口を何度か開閉する。
それに対して『ふんふん』、『成程』などと呟いている蛇を横に、私は光っている苔を採取してみたりもしていた。
……お?『瞬光の苔』?素材じゃんコレ。
来るだけで素材が採取できるボスエリアはありがたい。
そうして少し時間が経ち、話が終わったのか採取に集中していた私の服を蛇が締め付けた。