キザイアというプレイヤーは、通常ソロで戦う事を想定はしていない。
彼の所属している『駆除班』というゲーム外クランは、広い意味で『ボスを倒す』……この一点に焦点を置いて活動をしている。
ソロで挑まねばならない制限付きのボスも中には存在するものの、彼がプレイした数々のゲーム、そして倒してきたボスの中にそれが含まれることはあまりない。
だがそれはイコールで『ソロでの戦闘能力が低い』という答えには繋がらない。
彼は最低限1人でも戦えるように魔術を組み、戦術を組み、状況を組み立てる。
今回のダンジョン攻略ではある程度自由に動くのが前提となる相方が居たために、ヘイトを買い耐える役……所謂タンクの仕事もこなす程度には状況への適応が可能だった。
「……これは……『神出鬼没』系のトラップ型?でもこんなの報告にはなかったわよ……」
だが現在の状況は想定していない。
先ほどまで話をしながら共に目の前のボスエリアへと歩いていた相方――アリアドネが、突然出来た落とし穴に呑まれるなんて、想定できるものか。
「パーティ自体は組まれたまま。でも向こうには繋がらない……ボスエリア系の特殊エリア?でも『駆除班』の事前調査にそんなもの……」
否、考えても仕方がない。
ここには
そしてアリアドネがいつ帰ってくるかも分からない。
それならば、と彼は目の前のボスエリア……砦へと近づくための魔術を行使する。
「前提として、足を地面につけて歩いていくってのはナシ。アリアドネの二の舞いになったら目も当てられないわ」
彼は一度その場で大きく拍手をした後、二度、三度と繰り返す。
一度目の拍手で彼の両足に青白い光が。
二度目の拍手で彼の両目に赤い炎が。
三度目の拍手で彼の周囲に緑色の実体の無い小鳥が。
それぞれ出現し、それぞれが彼にバフを与え始める。
「魔女であって探索者じゃあないのよアタシは」
彼の魔術はある一定のモチーフが存在し、それは彼の名前の由来にもなっている。
だが、今行使した魔術はそのモチーフから一歩外れた位置にあるものだ。
同ジャンル内ではありながら、全くもって立ち位置の違うモチーフのもの。
だがコレがあるからこそ、彼はソロでも活動出来る。
「【空中浮遊】、【目星】、【聞き耳】……名前負けすぎるわホント」
青白い光は、一歩足を踏み出す毎に空中に氷の足場を作り出す。
赤い炎は、彼の周囲に存在する罠を探し出す。
緑色の小鳥は、頭上を飛び周り敵性モブを探す。
地面が危ないのであれば、空中に。
一時的なソロであるからこそ、今まで以上にマトモな索敵を。
魔力自体は余裕はあるし、何なら回復用のアイテムは豊富に持ってきている。
「……てかコレってアリアドネ用に攻略しに来たはずよね……?」
このまま先に進むべきか少し迷ったが、彼はそのまま砦へと歩き出した。
待っていても仕方がないし、何なら彼もここのボスの素材は欲しいのだ。
『神出鬼没』の特性を持つダンジョンは貴重であり、尚且つある程度レベルの高い素材は更に貴重。
新しい魔術を作るも等級強化をするも、生産系プレイヤーに高値で売るも自由な良い素材を独り占めできる可能性があるのだ。
アリアドネに依頼されて来たわけではあるが、土壇場で居なくなるあの娘が悪い。
そんな言い訳を誰に言うわけでもなく心の内で呟いた。
少しして、砦の入り口……ボスエリアの入り口に辿り着いた彼は、少しだけ周囲を見渡した後に一歩前へと踏み出した。
視界が歪み、砦の内側へと侵入すると同時、彼の身体の制御は奪われた。
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過去の英雄達は今も遺志を彷徨わせる。
舞台装置であるソレは、その遺志を尊重し、鼓舞し、援助する。
さぁ見よ英雄達よ。
まだ生にしがみついている英雄達よ。
命ある者がやってきた。
その身体を、意志を、魂を得れば、また英雄として活躍できるのだ。
さぁ往け英雄達よ。
その魂が燃え尽きるまで。
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【ダンジョンボスが出現しました】
【ボス:『出没の故戦場』】
【ボス討伐戦を開始します:参加人数1人】
内部は所謂コロッセウム……闘技場のように、円形の広場が存在していた。
それは良い。きちんとした砦を期待していたわけでもないし、ゲームにリアリティを求めすぎても楽しめないのだから。
だが、目の前の光景に言いたい事はある。
「おかしいでしょ、数がッ!」
パッと見ただけで十以上。
数えるのも馬鹿らしくなる数のゴースト型のボスが彼を出迎えていた。
単体と戦うための心構えをしてきたというのに、群体と戦うとは思わないだろう。
「しかもアリアドネも居ないじゃない?!あの馬鹿早く戻ってきなさいよ……ッ!」
魔女と英雄の戦いが今始まる。