『まぁ、造形云々は冗談にしても。事実、貴殿の魔術言語には無駄が多いのだ』
霧の十字架に磔にされた魔術言語の蛇は真面目な声色で話し始める。
どうやら
「で、その無駄っていうのは?」
『うむ。……何故、貴殿は魔術言語による現象を制御しようとしている?』
「は……?」
言われた事は今まで考えた事すらないものだった。
自身が扱うモノを制御する。
それは至極当たり前の事ではないのだろうか。
『ふむ、何を言っているんだという顔だな。……だが、そっちの巫女は違うようだぞ?』
「へ?」
尾で指された方を見てみれば、そこには少しだけ眉間に皺を寄せている巫女さんの姿があった。
どうやら彼女も思っていた事があるようで、
『私の感覚がおかしいのかと思っていましたが、やはりそうだったのですか』
と言葉を漏らす。
つまりは、だ。
この場にいる人外達は、どちらも私の構築する魔術言語に疑問或いは無駄な部分があると考えていたという事。
だが分からない。
私が魔術言語を学んだ本達には、そう言った制御云々の話は一切載っていなかったのだから。
「でも私が読んだ本にはそんな事載ってなかったですよ?」
『そこなのだ。そこが引っかかっているのだ。……どれ、その本は今ここにあるか?我もそれを読んでみたいのだが』
「えぇっと……あるにはあるんですけど……取ると私の身体が動かなくなるんですよね」
以前、私が『禁書棚』から魔術書を取り出した時。
うちのダンジョン内では一番退魔関係に強いであろう『白霧の森狐』がいたにも関わらず、私はカルマ値の取得によって倒れてしまった。
時間経過で動けるようにはなったものの、アレをもう一度、それも分かっていてやるというのは……中々に勇気がいることだ。
『ふむ。良いから一回取り出してみい』
「えぇー」
『いいから』
いつの間にか霧の十字架から逃げ出した蛇が、私の身体に巻き付き頬をぺちぺちと叩く。
正直鬱陶しい。
「仕方ない……倒れたらお願いしますね、巫女さん」
『分かりました』
『おや?何故我にも頼まない?』
「じゃ、取りますね」
【羨望の蛇】の声をある程度スルーしつつ。
私は出しっぱなしだった『禁書棚』から『言語の魔術書』を手に取り開く。
瞬間、以前と同じように紫のオーラが私の腕を伝い、胴体へ。
そして心臓へと向かって伸びていき、
『ふんッ!』
その途中で、私の身体に絡みついていた【羨望の蛇】の声と共にオーラが掻き消えた。
一瞬何が起こったのかが理解できずに固まってしまったものの。
よくよく考えれば、この蛇が居た図書館はこういった本が大量にあったのだ。
それを考えるのならばこういった事は出来て当然なのだろう。
正直割と力業っぽさがあるが。
「……えぇっと。とりあえずありがとうございます」
『感謝すると良い。……して、これが貴殿の使った教本か』
「教本といえば教本ですね……内容酷いですけど」
私の肩に巻き付いてきた蛇に見えるように本を掲げ、ページをめくっていく。
最初の内はふんふんと頷きながら読んでいた蛇だったが、途中から首を傾げる事が多くなり。
最終的には小さい声で『なんだこれは……?』と呟いていた。
少しだけその様子に頬が緩んでしまうものの。
私も私で当時読んだ時はそんな反応をしたなぁと懐かしむ。
「で、どうです?これで何か分かりました?」
『色々とな。こんなもので良くもまぁそこまで上手い事構築できるようになったな、貴殿は。それにこれは……』
「それに?」
『薄っすらとだが、同僚の力の残滓を感じたな。これは……【怠惰】か?』
怠惰。
現在の名前は違うものの、元々魔術言語の蛇の名にあった嫉妬と同じように七つの大罪に数えられるものの1つだ。
やる事をやらずに怠ける事、やる気がない事などと良く良く使われる言葉でもある。
だが、そこは別に良いのだ。気になるのは、
「……同僚って事は、もしかして他にも居るんです?」
『おう、居るぞ。今回のは【怠惰】だが、他にも……ふむ。貴殿からは【暴食】の力の残滓も感じるな。……近い誰かが眷属になっておるなぁ』
「『あぁ……』」
『む、アリアドネは兎も角、巫女も心当たりがあるのか?』
1人、確実にそうだろうというプレイヤーが居るのだから仕方ない。
「というか、眷属?」
『あぁ、眷属だ。我らの試練を乗り越えた者は基本的にそれぞれの眷属となる。ちなみに貴殿は我の眷属だぞ?』
「……は?えぇ、じゃあ私【嫉妬】の眷属って事ですか?えぇ……」
『なんだ、嫌なのか。というか我は今【羨望】である故、正しくは【羨望】の眷属だな』
【嫉妬】の眷属、と言われるよりはいいかもしれないが。
それよりも問題は私の了承なく眷属にされている所だろう。
「……色々と言いたい事ありますけど、今は制御の話の続きをお願いします」
『うむ、ではしていこうか。幸い、この魔術書を読んだおかげで問題点もはっきりしたからな』
だが今は魔術言語の方だ。
もし無駄をなくすことが出来るのならば、それは私の戦力増強に繋がるのだから。
決して考えるのが面倒になったとかそういうわけではない。決して。