煙管の火皿から漏れ出る霧に合わせ、私は『白霧の狐面』によって霧をどんどん発生させていく。
広い闘技場内全てを霧で覆うことは出来ないだろうが、せめて私の周囲だけは『惑い霧の森』の濃霧のような状態に持っていきたいからだ。
そうすれば【ラクエウス】や【霧狐】など、霧の中で真価を発揮するような魔術が使いやすくなる。
「なんだこの霧!?」
「運営側のサプライズ……ってわけじゃあなさそうね……」
「いいじゃないかいいじゃないか!これもまた一興ゥ!」
周囲のプレイヤー達がどんどん濃くなっていく霧に驚いているものの、私に気が付く様子はない。
装備によって濃霧内での潜伏能力にボーナスが掛かる私を探し出すには、索敵用の魔術やフィッシュや私のように獣人族……元々持ち合わせている性能によって看破する他ない。
ミストイーグルのように、プレイヤーに向かって移動してくるタイプには滅法弱いのだが。
「【霧狐】」
次いで、小さく魔術の宣言を行って霧で出来た狐を私の近くに出現させた。
こちらの狐は今も羽衣のように身に纏っている【血狐】とは違い、戦闘能力は一切ない。
代わりに霧内限定ではあるものの、索敵能力など補助能力に特化している魔術だ。
索敵だけならば『霧の社の手編み鈴』だけでも事足りるが、アレは索敵するごとに鈴の音が鳴ってしまうため、今のような周囲に敵しかいない状況では使えない。
……敵は近くにはいるけどこっちには気が付いてないかな。
霧の中を見通せる私にとって、霧によって視界が制限されることはない。
索敵せずとも見えている範囲に居るプレイヤーがきょろきょろと周囲を不安そうに見渡しているのを観察することが出来るくらいだ。
その中の1人……今も両手に剣を持ち、周囲を油断なく警戒しているように見えるプレイヤーの足元を注視して……魔術の宣言を行う。
「【ラクエウス】」
瞬間、その足元にトラバサミが生成され……彼はそのまま一歩踏み出し、それに引っかかる。
「ッ!」
「なんだ今の音……そっちか!」
「クソッ、何なんだ一体……!」
バシン、という音と共に自身の足を挟むようにして閉じられたトラバサミを強引に何かしらの魔術で破壊した後、近づいてきたプレイヤーと戦闘を始めていた。
【霧狐】による索敵を見逃さないようにしながら、MPを使いすぎないように周囲の敵を戦わせ、その数を減らしていった。
……ん、この音……。
そんな事を何分か場所を移動しつつ繰り返していると、普段全く活用されていない私自身の狐耳が何かの音を捉えた。
濃霧の中、私に向かって進んできているような足音だ。
霧によって見えていないからといって安心することなど出来るはずもない。
インベントリ内から音の聞こえてくる方の地面に『火を熾す』の魔術言語を書いた羊皮紙を何枚か置いておき、相手が強化系の魔術を使っていた場合に備えつつ。
少しだけ足音の主から離れるように移動した。
最悪の場合、大きな声で【霧の羽を】の宣言を行えば、周囲に居るプレイヤー全てに視覚的な妨害を行えるため、確実に逃げることは出来るだろう。
だからこそ、ここは私の位置を看破しているとしか思えない足取りで近づいてくるプレイヤーの姿を一度確認しておいた方がいい。
そう考え、周囲を警戒しながらも足音のする方向へと視線を向けていると。
「うぅん?こっちに誰か居るはずなんだけどなぁ?……おい、本当に居るんだろうな?」
『……!!』
「チッ……誰かー、居ませんかぁ?お話だけでもしましょうよぉー」
そこに現れたのは、幼い女の子……一見普通の人族のように見えるものの、ファンタジーに出てくるエルフのように耳が長い。それに加えゴシックアンドロリータというべき服装をしているため、大変目立っている。
近くにはゴブリンのような、これまた小さいモブを連れていた。会話から察するに、私の【霧狐】のような索敵能力持ちなのだろう。
……凄い性格に差があるなぁあの子。
誰も聞いていないと思っているからなのだろうか。
時折顔を表す本性らしき性格によって、その可愛らしいと思える外見が逆に恐ろしく見えてくる。
「……あぁ、もう。面倒臭いわね。霧だなんだってのはもう飽きたのッ!【ウィンド】!」
突然彼女がそう叫んだかと思うと、彼女の身体の周囲に風が吹き霧を吹き飛ばしていく。
それと共に、1枚の羊皮紙が風に引き寄せられ……彼女に触れた瞬間火を熾すと共に、彼女が発動させたと思われる風の魔術を消し去った。
「なっ……何よこれ。熱くない……?――ッ!?」
困惑している様子の彼女に対し、私は小さく【ラクエウス】の宣言を行う。
先程とは違い、地面ではなく彼女自身を注視し、霧によるダメージを与えるために。
しかしながら、発動した魔術は彼女に当たる寸前で避けられてしまった。
……もう1枚使う?いやでも『水球』はMP消費多いし……。
このまま彼女を野放しにしておくと、霧が無造作に吹き飛ばされてしまう可能性がある。
それだけはいけない。この霧は私の身を護るための防御手段でもあるのだから。
私は『白霧の狐面』に触れ、さらに濃い霧を生成し始めた。