Chapter2 - Episode 26


転送された先の闘技場はかなりの広さで、約200人集められているにしても、そこそこのスペースが余る程度には広かった。

プレイヤー同士の距離感はおおよそ5メートルほど。最初っから隣同士に転送されないように、という配慮なのか、どの方向にいるプレイヤーともそれくらいの距離が開いているようだった。

空を見上げると、既に試合開始までのカウントダウンが始まっているのか、どんどんと20から0に向かって数字を減らしていた。


私はとりあえず煙管をインベントリから取り出し、すぐさま闘技場の外壁の方へと向かって走り始める。

どうやら転送された位置は中央に近かったのか、かなり外壁との距離があるものの……魔術を使って移動する事は出来ない。

【脱兎】を使おうかと思ったら【現在魔術を行使することは出来ません】という通知が流れたためだ。

カウントダウンが終わるまでは本当に全員準備までしか出来ないのだろう。


「あっ、アリアドネちゃんじゃーん」

「げっ」

「げっ、とは酷いなぁ。お姉さんも人並みに傷付くんだよ?」


そんな時、移動中の私に声を掛けてくるプレイヤーが1人いた。

現在……というよりも、もしも本戦に出場できることになったとしても戦いたいとは思わない、知り合いの声。

足を止め、声のした方向へと顔を向けるとそこには。


「……フィッシュさんも、このグループなんですね」

「あは、そうだねぇ。仲良くやろうぜ?」


彼女はナイフを取り出しこちらへと向ける。

獰猛な笑顔を向けてくる彼女に対し私は溜息を吐きながら左手に煙管を移し、『熊手』を右手に取り出した。

既に残り時間は10秒を切っていて、今更逃げる事は出来ない。

というか逃げた所で目の前の戦闘狂は追ってくるだろう。


「出来れば戦いたくはないんですけど、どうでしょう?」

「ごめんねぇ、君とは戦いたいなぁってずっと思ってたんだ」

「……本戦とかで、邪魔が入らない所とか」

「今こうして出会えたんだから良いだろう?」


チッチッチッ、という音が鳴り始め。

カウントダウンが0になった瞬間、空中に【START!】という文字と共にバトルロイヤルの開始を告げるブザーの音が闘技場内に響き渡った。


瞬間、私達は同時に動き出した。

煙管を咥え霧を発生させつつ、小さく【脱兎】を発動し。フィッシュはいつものように身体強化系の赤いオーラを纏う魔術を発動させながら……お互いの距離が零となり、すれ違う。


お互いに持っていた武器は、その後方……あわよくば私とフィッシュの両方を狙おうとしていた他のプレイヤー達に突き立てられようとしていた。


「うぉおおお?!こっちかよ!?」

「むぐ、流石に漁夫を狙おうとしてるのが居れば……ねぇ?」

「クッソ!」


私の目の前のプレイヤー……黒っぽい外套を羽織り、その下に革鎧を着た男性プレイヤーは、こちらに向かって咄嗟に手を突き出した。

その動作と共に、彼と私の手の『熊手』との間に青い半透明の壁のような物が出現した。

恐らくは防御系の補助魔術だろう。

遠慮なくそのままダガーを突き立てようと振るうと、キィンという軽い金属音と共に大きく上方向に弾かれてしまった。


それをチャンスだと思ったのだろう。

目の前の男性は虚空から直剣を取り出し、そのまま切り掛かってこようとする。

直撃すれば良くて重傷、悪くてデスペナ……予選敗退だろう。


「【血狐】」

「そんなのアリかよ!」

「許されてるからありなんでしょうね」


しかしながらそれは叶わない。

私が呟くと同時、身体から湧き出るように出現させた血の塊の形状を羽衣のように変化させて身に纏う。

以前【万蝕の遺人形】との戦闘で矢を受け止めるのに使用した小技ではあるが、地味に咄嗟の防御手段としてはかなり優秀だ。

勢いよく振られた直剣はそのまま羽衣を先に通ってから私の身体に迫るものの……その勢いはかなり削がれてしまったのか、手で払い退けることが出来るくらいにはその速度は遅い。


……【血狐】側が何かやってくれてるのかな。

矢の時もそうだが、この防御能力は異常だ。

もしかしたら【血狐】に触れることで、その特性である『物理攻撃によるダメージ70%軽減』が適用されているのかもしれない。


一度距離をとって仕切り直そうとする男性に対し、私は距離を離されないようにぴったりと着いて行き……彼にしか聞こえないように、耳元で小さく魔術の宣言を行う。


「【霧の羽を】」

「ッ、妨害系の魔術か!」

「当たり。それで私の姿も見えなくなりましたよね?ではさようならー」

「あっ、クソッ!待てッ!!」


トドメを刺す必要はない。

寧ろ、ここで必要以上に攻撃を行えば後半ガス欠MP切れを引き起こすのは目に見えている。

周囲を見渡し、少し離れた位置でフィッシュが戦っているのを確認して反対方向へと魔術を使わずに走り出す。

周囲のプレイヤー達が私を見て攻撃を仕掛けてくるものの、正直『白霧の森狐』の突進よりも遅い攻撃など目で見てから避けられる。


こうして、イベントの予選……イベント前よりも予想以上に増えた約200人とのバトルロイヤルが始まった。