--【四道化の地下室】1層
「よし、行こうか」
『昇華 - 狼皮の煙草』を口に咥えつつ、私はダンジョン内を歩き出した。
消耗品用の素材収集……それも、今使っている昇華煙用の『縁結晶』の回収にこのダンジョンへと挑みにきたのだ。
といっても、今回でボス攻略が出来そうならばそのまましてしまうのだが。
「……うん、全然違うなコレ」
早速【魔煙操作】によって昇華の煙を口元と頭に集め、嗅覚と聴覚を強化した結果。
ダンジョンに対する感想が前回とは全く違うモノとなる。
まずまずとして、どこに壁道化がいるのかがハッキリと判別できるようになっている。
血のような臭いをした壁が数か所存在しているのだ。
それに加え、その壁の奥からは微かに息遣いのような音も聞こえてきている。
……うん、索敵はやっぱりまだ必要なさそうだ。
元々隠密に長けていた敵性モブ。それに対して、ここまで事前に判別できるようになっているのだから……【魔煙操作】の強みがハッキリと出ているのだろう。
「よぉし、じゃあ行こうか!」
判別できているのならば。
あとは駆除していくだけだ。
――――――――――
「さて、次はっと……見えてるなぁ、影道化」
壁道化との戦闘?
種が割れていればすぐに終わる相手に対して、今更どうこう言う必要もないだろう。
現在は以前影道化が居た広場のすぐ手前へと足を進めていた。
今回の目的はあくまで素材収集ではあるが……影道化へのリベンジも目的の内として考えている。
「じゃ、今回は……紫煙駆動と、【魔煙操作】、あとはぁー……【過集中】も乗せちゃおうか」
紫煙駆動を起動し、それと共に私の周囲に漂っていた煙を集めていく。
今回は特定の形にはせずに、紫煙駆動によって生じた煙の斧へと集中させるような形で流れを作り……最終的に、煙の斧の大きさは普段の倍以上へと膨れ上がる。
それを見つつ、大きく深呼吸を行って……私は視線を遠くの、こちらへとまだ気が付いていない影道化へと向けた。
意識して、狙うべき相手だけを見て。
ゆっくりと手斧を構えつつ、白黒へと変わっていく世界を認識しながら。
私は大きく、全力で投げつけた。
――瞬間、空気の破裂する音が鳴り響く。
「うわぁ」
【影道化を討伐しました】
【ドロップ:道化の布切れ×1】
影道化の能力であろう分身能力を発動させる前に、手斧と煙の斧によって木端微塵になってしまった。
恐らく複数のステータス上昇が重なった影響で、今まで以上に火力が出てしまったのだろう。
……いけそうだ。
任意で発動出来るもので敵性モブを一発で倒せるのであれば……このまま素材収集の場を2層へと移動させても良いだろう。
「道化師狩りってわけだね……行こう!」
頬が緩むのを感じつつ、私は足を進める。
影道化が複数出てきた時はどうなるかは分からないものの……それでも問題ないだろう。
どうせ昇華の煙を足に集めれば一気に逃げ切る事は可能なはずだから。
--【四道化の地下室】2層
「よーし……着いたね、2層」
暫く迷路のようなダンジョンを進んでいくと、【峡谷】の時にもあったような階段が存在しており。
そこを下っていった結果、2層へと辿り着く事が出来た。
これで、基本的には下方向への階段を見つけたら次の階層へと続くものだと考えていいだろう。
……うわ、血の臭いすっご。
見た目だけなら1層とあまり変わりはない。少しだけ肌寒くなった程度だろうか。
しかしながら昇華によって狼の嗅覚を一時的に得ている私には、この階層全体から漂ってくる濃い血液の臭いに警戒を強めた。
敵性モブも、プレイヤー自身も倒された場合は光の粒子となって消えていく。
何かしらのスキルによって血液を採取したり、残したりする事も可能なのかもしれないが……プレイヤーは兎も角として、敵性モブ側がそれを行うのは意味合いが変わってくる。
つまりは、
「悪趣味な何かがある、って事だろうねぇ」
元より積極的に人に襲い掛かってくる道化師が沢山出てくる時点で悪趣味なダンジョンではあるのだが……それでも。
……昇華だけは切らさないでいこう。最悪具現も……持ってる分は使い切るつもりで。
「素材収集するつもりが、好奇心ってのは怖いなぁ」
人間の、特に私の好奇心は抑えられない。
悪趣味な何かがあると分かっていても、それが何なのかを確かめずにはいられない。
私は手斧をしっかりと握りしめ、ダンジョン然とした迷宮へと足を踏み出した。
この冷たく鉄の臭いがする迷宮の先には、一体何があるのか。それを確かめる為に。