Episode21 - B2


数発の銃弾が煙の斧に弾かれた後、【信奉者】はこちらへと向かって駆け寄って金鎚を振り回す。

スタミナのようなものが設定されているのか、ある程度すると動きを止めてくれる為……そこが私の唯一安全に攻撃出来るポイントだ。

避ける事自体は慣れてきた。

やはり相手の動きの始まりが【観察】によってある程度把握できているのが大きいだろう。

避けるごとに次はどう避ければいいのか、どこに逃げればいいのかがハッキリしていく。


「それだけでしかない、ってのも残酷だよ本当」


だが、避けられても倒せなければ意味がない。

ダメージが徹らなければ倒せない。

オーラを無効化出来るようなアイテムは持っておらず、そもそもどういう効果を持っているかもよくは分かっていないのだ。


……一定量のダメージ吸収?いや、煙の斧が何度も命中してる時点で流石に無いか……だったら……?

考えを回しつつ、金鎚と銃による攻撃を避けていく。

時間を掛ければ掛けるほどに、STという限界がある私の方が不利になる。

だからこそ、どうにか何処かでオーラを突破する方法を見つけねばならないのだが。


「……あぁもう!どこでもいいから当たれ!ダメージ入れ!」


同じような攻防を繰り返す事、十数回。

流石に集中力が切れてきた私は、手斧を適当に『信奉者』へと投擲し、


『ンんんんッ!!』

「……え?」


弾かれた。

初めて見せる反応だった。

その後、追従するように飛んでいった煙の斧には反応すらせず……私が投擲したその1回だけ、確かに『信奉者』は弾いたのだ。

何かある、そう考えずにはいられない挙動だった。


「あは」


笑みがこぼれる。

流石に限界が近かったのだ。

集中力もそう。終わるかどうかも分からない戦闘で、下手したら一撃喰らえば即死亡になりそうな攻撃を避け続けるというのは……精神を摩耗する。

幾らVRで、身体の疲れというものを感じないとしても……精神が疲れれば身体の動きのキレは衰えていく。

だが、ここで光明らしきものを見つける事が出来たのだ。

ならば、その光明を大きな光へと……勝つための道標へと変えるための行動を開始しよう。


「まずはッ!」


再度迫ってくる『信奉者』を、私はいつも通りに躱していく。

金鎚が頭の横を、脇を、更には鼻の前を通り過ぎていくのを『観』て。

動きが止まったその一瞬、私は手斧を胴体の中心……先ほど手斧を投擲した位置へと薙ぐように振るった。


『ガぁッ……!』

「減った、減ったね?それ・・だね!?」


手斧を振るった先。刃が当たったのは、逆五芒星のペンダントだった。

先程までの鉄の様な感触ではない。肉を叩いた時のような、水の入った何かを叩くような感触。

それと共に、目に見えて『信奉者』のHPバーの1本が大きく減った。

大きくのけぞりながらこちらを睨みつけてくる『信奉者』に対し、私は大きく笑みを浮かべる。


分かってしまえばこちらのものだ。

先程とは真逆の、私が責め立て『信奉者』が防御をする、という攻防に切り替わる。


昇華煙によるステータス上昇を活かすように、跳ぶように。

【観察】による相手の動きの始まりを潰すように蹴りを入れ。

少しでも距離が離れたら【投擲】によってペンダントを正確に狙う事で動きを止めながら。

その全ての行動を、今までダメージの積み重ねによって発動できた【背水の陣】で全体的な水準を上げていく。


「こ……わ、れろォッ!」

『ォオ!』


パキン、という音がその場に響く。

それと共に、『信奉者』の身体から紫のオーラが消えていく。

だが、それを悠長に見守ってはいない。


オーラが無くなった以上、守りに入る意味はない。

この場で唯一どこに当たっても危険なのは、『信奉者』が左手に持っている銃だ。


「まずは、それを貰うよ」


息が掛かる程度には近い距離で、出鱈目に『信奉者』の左腕へと手斧を叩きつける。

私の動きについていくように煙の斧が振るわれては消えていく。何度もそれを繰り返していくと、次第に紫煙が消えずに私の身体に纏わりつくように残っていく。

……良い匂いだ。身体に悪い肺を犯す匂い。


『信奉者』もやられてばかりではなく、私に対してしっかりと金鎚を振るおうとしてきてはいる。

だが、それも動きの始まりが観えている。

振り上げようとした腕を下から掴む事で止め。

外から内へと薙ごうとした動きを、それに逆らわず身体全体で動く事で背後へと回り。

私の真似をしようとしたのか、蹴りをしようと片方の足に重心を置いた所に足払いを掛け転ばせる。

止まらずに、ゲームであるが故の無限のスタミナで。

私は延々動き続ける。頭の中での理想を、今出来る最善として身体にアウトプットして。


『離レロォ!』

「嫌だよ」


気が付けば、身体には『信奉者』からの返り血が大量に付いていて真っ赤に染まっていた。

頭にも掛かっていたのか少しだけ垂れてきているような感触があったため、片手でフードを被った。

まだ、もう少しだけ。出来ればこの時間が長く続くように。

先程とは相反する考えが頭の隅に浮かびながら、私は神父に向かって手斧を振るい続けた。




【『信奉者』を討伐しました】

【MVP選定……選定完了】

【MVPプレイヤー:レラ】

【討伐報酬がインベントリへと贈られます】

【【峡谷の追跡者】の新たな難度が解放されました】

【【世界屈折空間】に変化が起きました】

【スキルを発現しました:【回避】】

【スキルを発現しました:【過集中】】


「……おっと、終わっちゃったか」


気が付けば、周囲は血の海のようになっていて。

私の足元には、元が何だったか分からないほどに損壊した肉と骨と布の塊があった。

それも光の粒子となって消えていく。


「はぁー!終わった終わった!討伐完了!良いじゃないか私!意外と出来るもんじゃんソロ攻略!」


ふらつきながらも、大の字になってその場に倒れ込みつつ。

私はインベントリ内から1本の『薬草の煙草』を取り出して火を点ける。

ジュースを吸うように煙を肺へと導いて。

熱い湯舟に使った時のように大きく息を吐く。

白い煙が、宙へと舞った。


「……美味しいねぇ、やっぱ」


ダンジョンから帰還する前に、もう少しだけ。

この余韻を味わおう。