ソーセルカの都市の一つ、ボロスで工場が爆破された。
ボロスは有名な重工業都市で、ソーセルカでは今だ鎮火しないこの事態を衝撃を持って迎えた。
直後に領内に噂がたった。
犯行はユーイナの仕業だと。
ボロスに住む住人たちが広めたが始めだった。
とたん、我こそがユーイナであるという声明が、各地から上がった。
人々は救国の英雄が出現したことに喜びつつ、戸惑いも生じていた。ソーセルカ領内に住んでいると混乱と破壊に巻き込まれるのではないかと。
「呆れるほどうまく行ったじゃないの」
リズィユがホテルの一室でペーパー・ヴィジョンのニュースを眺めていた。
「DОLの名前使うなって言われてるからねぇ。まぁ名前だけだが」
寝起きの飴を口に放り込んで、ビージーはソファに横になった。
「……うまく行ってもらわなきゃ困る。俺がボロスぶっ壊すのに、どれだけ苦労したか」
イブネフは恨みがましい目をビージーに向けた。
発案は全てビージーだったのだ。
実行する苦労は、イブネフが負わされたため、多少の不機嫌さがある。
「とりあえず、今度はおまえらにも動いてもらうからな」
「へーい」
飴が聞き始めたビージーは力なく腕を軽く上げた。
「今度って何するのさ?」
リズィユが聞く。
「そりゃあ、本家ユーイナになって、ソーセルカ内を暴れまわるんだよ」
彼女はイブネフから、ビージーに視線を移した。
「……まー、ユーイナ役はイブネフなんだけどもねー」
緊張感の薄れる声を出す。
「また俺か!?」
「だって、俺は若すぎるし、リズィユは女の子だし」
「それだわ。リズィユがユーイナの娘ってことでどうだ?」
「あたし!?」
まさかの指名で、リズィユは軽く跳んで驚いた。
「……良いな、それ」
「うそ!? 本気なの!?」
「下手にユーイナやるよりも、人気がでそうじゃね?」
「よーし、決定な」
戸惑う少女を傍目に、イブネフとビージーが意見を同じくしてしまった。
「うそー!?」
リズィユはまだ信じられないという様子で、天を煽いだ。
ギナーはソーセカルでのユーイナを名乗る多数の人間に怒っていた。
どいつもこいつも、ユーイナを利用しやがって!
ごみが散乱した部屋で、飲みかけのビール缶を壁に投げつける。
仕事は植物プラントの作業員をしていたが首になった。
理由はブラト支持によるものだと、上司は言葉を濁しながら言った。
それが、今度のユーイナの件に油を注いだ。
ユーイナは自分が会ったことのある人物なのだ。彼の名前を利用しているという者たちに、それが汚されたような感覚があった。
連絡が来る。
大学病院からだった。
ユーイナはすぐに服を着替えて向かった。
ブラトは生きていて、病院に運ばれていた。
ギナーが訪れると病室で優雅に本をよんでいた。
「無事だったか」
ギナーは心の底から安心した。
「いや、すまんね。今回のは実は自作自演で。心配かけた」
「自作自演?」
「ああ、ちょっと武警らとか人種差別主義の組織がうるさかったもので、一休みしようかなと」
ブラトはむしろ陽気な口調だった。。
「そうか。何でもなかったなら安心した」
「……何でもないというか、最近TKYの連中とあまりいい関係じゃないんだよな」
「なんだ、足の引っ張り合いにでも巻き込まれたか?」
「そんな感じだ。だからちょっと離れて、ロイザーユの所に行こうと思っている」
「……そうか。俺はソーセルカに行く」
「ああ、じゃあしばらくお別れだな」
「そうだな」
ギナーにとってはブラトが唯一の友人であった。
彼の歳になっては友人は貴重だ。
だが、それ以上にギナーには許せないのだ。ユーイナを騙る連中の存在が。
ギナーは別れの挨拶もなしに、病院を去った。
お互い、いずれ会えるだろうという、安直な期待を心の底に置いたまま。
ヴィーケは用意周到な考えを持っていた。
決してその場の思いつき出なはい所をみせたのだ。
「ロロメイに?」
彼にフィシーは聞き返した。
「そうです。総督に許可をいただいてから、優遇政策を行うのです。関係上、取り入ることは、同盟を結ぶことに等しいですから」
なるほどね、とフィシーは思った。
フィシーとヴィーケは早く意気投合した。型破りな彼女と、奇抜な考えのヴィーケである。自分を消し去るキージロカは、文字通り遠くから二人を見つめているだけだった。
ロロメイは、ロイザーユ公から連絡が来たというので、軽く驚いた。
「どうかしたのか?」
通信の第一声から尋ねる。
『今後、我が領地はイザブ人を優遇しようと考えています。総督閣下に一報を入れようと思いまして』
ロロメイはいきなりのことに黙考した。
イザブの借地は、元イザブ人と雑多な人種の集まりだった。元イザブ人は他国の人間から見れば、迫害されていると言っていい。
六か国は取り込めないなら後々、イザブ人を排除するつもりでもあった。
軍閥とはいえ、ロロメイという総督からみれば厄介なイザブ人を隔離してくれるというのなら、これ以上楽なことはないだろう。
ロロメイは納得した。
「問題ない。協力に感謝する」
『いえ、これもイザブ借地発展の一要素だと考えていますので』
ロロメイはうなづいた。
「わかった。ロイザーユ公がそうなら、幾らか補償費を進呈しよう」
『ありがとうございます』
ロロメイは単純に了承したわけではない。
過度な人種差別政策は、国内を混乱させる。
ロイザーユもそれで自滅するなら、これ以上に楽な話はないのだ。
TKYから多額の活動資金を手に入れたブラトが訪れたロイザーユは、比較的落ち着いていた。
即興でイザブ擁護の演説を行ったところ、人々が層をなして集まっていた。
そして、道端で鋭い目線を送っている、六か国からの移住者たち。
元々がイザブの土地なのだ。
だが、移住者たちが異様に静かで大人しいのには、気になった。
彼らには何かあると、直観で感じた。
ここに来たばかりで細かいことは知る由もないが、イザブの領土となりつつあるロイザーユをだまって迎えているようではないのだ。
危険ではないのか?
ブラトは彼らに目をやりつつ思う。
だが、ロイザーユ公は計画を推し進めている。
この領地は、各地から集まりだしたイザブ人の土地となりつつある。
危ぶみながらも、ここにはブラトの望む世界があった。
ブラトが来た。
その報は領地中を駆け抜けてあっという間に広がった。
フィシーの耳にも入る。
彼女は彼を宮殿に招待しようと使者を送ってきた。
「面白い人物が来ていると思っていた」
フィシーはキージロカを連れて、客間でブラトに会った。
「私は理想的な領主に会えたと思っていますよ」
「なるほど。ならば我が領内に来た理由は尋ねるまでもないね」
「はい。ところで、非イザブ人が大人しすぎると感じましたが」
「ああ、それはね。キージロカが処理をしている」
多数の食客を抱えるキージロカは、その人脈を使い、非イザブ人を押さえているのだ。
ぼんやりしている風でも、キージロカはやれることはやるのだ。
「あなたには、これからも頑張ってほしいところなの」
「もちろん、仰せのままに。少なくとも私はイザブ人の味方ですから」
ヴィーケは軽く頭を下げた。
「護衛は?」
「いりません」
「資金は」
「間に合ってます」
「勲章では?」
「あまりジャラジャラした格好は苦手です」
「自由にしてよし」
「ありがとうございます」
リズィユのところに続々と人が集まってきていた。
皆、イザブ人だ。
書類は作らなかった。その代わり、号令の合図を決め、皆を各地に散らして行った。
郊外の貧民窟にあるセーフハウスないで、リズィユが寝ようと着替えた時に、化粧箱が落ちた。
その中に紙きれが一枚入っていた。
文章も何もない。ただ三つの文字。
RRK。
これだけで十分だった。
奴らはいつでも彼女を好きにできると証明したのだ。
恐怖に我を忘れかけたが、何とか持ち直す。
ビージーら二人には伝えないことにした。
へんな雑音が入ると、また面倒になる。
翌朝、イブネフとビージーが、リズィユの元に訪ねる。
「目標は、これだ」
イブネフが紙に書いた地図をテーブルに広げる。
そこには、道路に幾つも赤いバツ印がつけてあった。
「この道は?」
リズィユが指で押さえる。
「ロイザーユ領へ展開している軍の後方連絡路だ。ここを破壊して、同時に……」」
イブネフは、新しくペンで地図の一か所にバツ印を書く。
「ソーセルカ宮殿を襲う」
「ソーセルカ宮殿!? 気でも違ったの!?」
「……いやあ、これは上手くいかなくともいいんだ。襲われかけた、襲う計画があったという事実さえあればいいの」
呑気なビージーが代わりに説明する。
口調から言って、この二つの計画を立てたのはビージーだと、リズィユは確信した。
「……わかったわ。それで行きましょ」
「よし決定だ!」
両手を一回たたいて景気を上げたイブネフは、ウィスキーの入ったスキットルの蓋をあけて、喉に流し込む。
連絡線爆破の件は、新しく募った者たちから選んで各個ふりわけることにした。爆破のための材料を運ぶ班も決めた。ソーセルカ邸へのテロは、彼女ら三人が実行する。
決行日時は、特に爆破準備の材料を運ぶ班と相談して、五日後と決められた。
彼らにも、ただの民衆ではなく、立派な組織を持っている存在が多かったのだ。武器弾薬その他の備蓄や使用方法にも手練れているだろう。
三人は時間が来るまで、貧民窟にこもりっぱなしだった。
外に出るのは時折、食料を買いに行くぐらいだ。
そうして五日が経った。
ヴィジョンがそれぞれ用意が整っているのを、映像で送ってくる。
「俺たちも行くぞ」
イブネフが家の前に停めた四輪に向かおうとしたところだ。
突然に、爆発を起こし、空中に四輪は舞った。
部品が周囲に落ちてくる。
「まずい!」
彼らはすぐに貧民窟の部屋の中に戻った。
ドアが数発、銃で撃たれる。
裏口から路地に出ると、腰を低くしてひたすら走る。
その足のすぐ後ろを弾丸が追うように地面にめり込む。
曲がろうとすると、その足元を撃たれるので、必然的に三人は誘導されていった。
そこは、貧民窟にある家の一つだった。
カーテンを閉め切った中は薄暗く、人の気配がした。
黒い影になった少年が一人、部屋の真ん中に椅子を置き、座っていた。
「久しぶり、リズィユ」
「エアター……何してるんだ、こんなところで」
「挨拶だなぁ。わかってるだろう? でもちょっと、話は違うかもしれないんだよねぇ」
十七歳ぐらいの細身で色の白い少年は、意味ありげに笑った。
「話が違う?」
「RRKを抜けるとどうなるか。君には身寄りがいない。親しい人物もいなかった。それで、僕が選ばれた」
よく見ると、椅子は床に金具で固定され、エアターの片腕は手枷がついて椅子の背に繋がれていた。
「確かに唯一接触しているから仲はよかったけど……」
リズィユは困惑気味だった。
「おめでとう。RRKは君を許すそうだ。その代わり……」
エアターは腕の手錠を掲げて見せる。
「僕を殺せばね」
「な……ちょっと待って……そんな……」
リズィユは明らかに困惑から混乱に至っていた。
エアターはRRK時代の相棒とも呼べる相手である。
その相手を殺せだと?
「どうしたの? 早くしてくれないかなぁ。わかるだろう? 時間をかける愚かさを」
エアターは促す
リズィユは急な怒りで歯噛みした。
よりによって、こういう手でくるのか、RRKは。
「ああ、そっちのDОLの人たち、手を出さないでね。面倒ごとは嫌でしょ?」
二人が動けば、組織が揉めかねない。
ビージーとイブネフには見ていることしかできなかった。
まるで無垢だった。
リズィユはエアターから邪気を感じたことがない。
驚くべき程に、純粋でいて任務に忠実。
これほどにまっさらな人物は見たことがない。
「ねぇ、はやくして。じゃないと、僕のほうから襲っちゃうよ?」
エアターのもう一方の手には拳銃が握られていた。
ゆっくりと持ち上げる」
「そこにいる少年かなぁ?」
リズィユは、怒りに任せて壁を蹴った。
そして、そのまま拳銃を抜くと、エアターの額を撃ちぬいた。
寸前、目をやったエアターは微笑んでいた。
「クソっ! クソっ! クッソっ!!!」
リズィユは悪態の後、絶叫した。
道路の破壊は、見事に成功した。
「辛気臭ぇなぁ」
眠眠靴にある元のセーフハウスにもどったが、リズィユは生気無く茫然としている。ビージーはといえば複雑そうな顔で、飴を普段の倍の量を舐めていた。
これでRRKから解放されたってことだしなぁ、とイブネフは小さくつぶやいた。
ソーセルカ宮襲撃は結局、未遂に終わった。
「なぁ、ビージー。次に狙うとしたら、どこだ?」
空気を変えようと、イブネフは声を掛けた。
「あー、中央銀行」
ぼんやりとした様子で答える。
「ああ、なるほど」
彼らはソーセルカで破壊活動をするとは行ったが、できるだけ民間人を殺したくはない。
無差別テロは好みではないのだ。
だとしたら襲撃先が狭まるが、減ることはない。
「二時間後、ユーイナの部下たちを銀行前に集めるぜ?」
ビージーはうなづく。
参ったものだ。
イブネフはリズィユにちらりと目をやり、思った。
ソーセルカのクライットはビジョンでロロメイと通信をしていた。
「ウチの後方連絡線が断ち切られたのです」
「聞いている」
「このまま、ロイザーユに攻め込んでもよろしいでしょうか?」
ロロメイはその提案に一瞬だけ考えた様子だった。
「……構わん。どうせあそこはイザブ人の地となっている。我々にとっては恰好の標的だろう」
「わかりました。ありがとうございます」
通信を切ったクライットは、南方に展開してある四十個師団の指令官イブミにビジョンで命令した。
意思で固まったかのような雰囲気の青年のイブミは、攻撃の命令を受諾した。
首都への真っすぐ迷いない中央突破が、彼の作戦だった。
発動は明朝三時と決定される。
上空には、まるで苦痛に呻くように、身体をよじるシーホフの巨体が浮かんでいた。
続々とリズィユの部下たちは時間通りに集まった。
ソーセルカ中央銀行は、彼らに完全に包囲された。
各方面からロケットランチャーで壁を破壊されて、彼らは銀行内に突入する。
「幾らでも持っていけ、そして、イザブ人に配りまくれ!」
すっかり我に帰っていたリズィユは、銀行の金庫の前で叫んだ。
壁を破壊された金庫のなかからは、札束の塊や金塊が山ほど目についた。
部下たちは歓喜の声を上げる。
札束が舞い上がり、それぞれ、トラックに忙し気に持ち運ぶ。
「急いでよー。最後は、ここ爆破するからね」
ビージーがヘラった様子を隠しもしないで、皆に言った。
作業は意外と手早く進んだ。
だが、ここで意外な報がイブネフに入ってきた。
ソーセルカ軍が動く。
本国とは物理的に孤立させているはずだが、クライットは賭けにでたのだ。
このままではロイザーユがただでは済まない。だが、イブネフたちには直接侵攻を止める力はない。 「クソ、こんなところで……」
イブネフは舌打ちして、大きく息を吐いた。
第五章
ソーセルカ軍の侵攻が始まった。
イブミは途中でロイザーユの補給集積地を奪取するという選択を放棄していた。
狙うのはロイザーユ首都のみ。
まるで死にもの狂いの勢いに、各地で迎撃をしたロイザーユ軍は粉砕されていった。
ロイザーユ宮内は混乱し、あらゆる者があわただしく走り回っていた。
ぶかぶかのTシャツ一枚でスリッパをはいたフィシーは彼らを眺めて、鼻を鳴らした。
何を今頃。
フィシーは覚悟ができていたために、衝撃を受けるというよりは、納得の方が大きかった。
いずれこうなるかもしれないという考えも頭の片隅にあったのだ。
「ああ、私の作った楽園が……」
肩を落としているのは、ヴィーケだった。
「まぁ、こんなこともある」
フィシーはいたって軽い調子で、彼の肩を叩いた。
この期に及んでフィシーは風呂に入ることにした。
いくら急いでもソーセルカ軍が到達するまで三日はある。
最後の三日間だ。
ゆっくりと堪能しようではないかと、フィシーは思った。
予想に反して、イブミの進撃速度は遅かった。
それは、通過する各都市でイザブ人を虐殺するのに忙しかったからだ。
兵士たちは命令は命令として、それとは別に憎々しいイザブ人を容赦なく銃殺していった。
そして、満足すると前進するのだ。
「貴様のせいだぞ!!」
「こんな政策をとらなければ、ソーセルカ軍が来ることはなかった!」
ヴィーケは宮殿内で食客たちに真正面から非難されていた。
彼は反論したくともできなかった。
屈辱に耐えているところに、ブラトが来た。
「そう彼を責めなさるな。だからと言って事態が好転するわけではあるまい」
「ならば、責任は誰が取る!?」
「責任? 面白いな。戦争が起こるたびに誰かが責め苦を受け無ければならないのか」
「当たり前だ!」
ふむ、とブラトは何度かうなづいた。
「……ならばその責任とやらは、私が取ろう」
「なんだと!?」
「さあ、どうすれば良い?」
ブラトは何でもないことかのような、落ち着いた口調だった。
「今すぐにソーセルカ軍の前にいって進撃を止めろ!」
食客の一人が言った。
「なるほどね。わかった。証人として、誰か一人付いてきてもらおうか?」
最後の言葉に食客たちは戸惑った。が、数人が手を上げたので、その全員で行くことにした。
「ブラト殿……」
ヴィーケは今にも泣き崩れそうだった。
「安心したまえ。私は私の役目を果たしに行くだけだ。あなたはあなたでやれることをやれば良い」
心地よいくらいに静かな声だった。
ヴィーケは死んだ。
文字通り、ソーセルカ軍の真正面に立ち、マシンガンの束で身体を粉みじんにされたのだ。
知らせを受けたギナーは絶望した。
彼にとって唯一の友人だった。
考えは違ったが、あれほどに意気投合した人間はいなかった。
悲嘆と憎しみに燃えたギナーは、すぐさまヴィジョンを使って原因を調べる。
彼はすぐに、ソーセルカ公とロロメイの会話を拾い上げた。
「なるほど……」
殺気に満ちた表情をしたギナーは、顔を上げた。
総督府の建物は、様々な人々が往来していた。
ギナーは普通に入り口から入り、賑やかな廊下を総督執務室に向かって歩いていく。
呼び止められることもない。
ドアは開いていた。
部下が入りやすいように、ロロメイは常にそうしてあったのだ。
ギナーが入ると、ロロメイは執務机について、書類に目を通していたところだった。脇に、女性秘書が一人座っている。
「……どうしたかね?」
彼に気付いたが、姿勢は変えずにロロメイは尋ねた。
「私はユーイナだ、ロロメイ」
「なに……?」
ロロメイと秘書が思わず顔を上げた。
「これは天命だよ、ロロメイ」
ギナーはサイレンサー付きの拳銃を構えると同時に、ロロメイの胴体に数発の弾丸を撃ち込んだ。
あっという間のことで、秘書が茫然としている。
彼女にウィンクをして見せて、ギナーは部屋を出た。
しばらくして悲鳴が背後で起こる。
ギナーはのんびりと総督府を出た。
すぐにユーイナの名が上がった。
租界中に、ニュースが駆け巡る。
人々は歓喜に揺れた。
暴動が起きる。
人々は沸いて、そこらじゅうの総督府関連のものを破壊しだし、殴り合い、酒を飲みだした。
ギナーは帰り際、楽し気にその様子を眺めた。
中央銀行を爆破した三人は、四輪で逃走中だった。
「何だ、何事だ?」
イブネフはバックミラーを見て思わず声を出した。
巨大なクジラ。シーオフが、ゆっくりと彼らの四輪に近づいてきたのだ。
シーオフは小さなジュモを大量に引きつれて、巨大な口を開けた。
四輪はあっという間に、掬われるようにシーオフに飲み込まれた。
それからのことは覚えていない。
ただ、僕は飴を口にすることは無くなったという記憶があるだけだ。
ここはどこだろう?
僕はなにものだったのだろう?
全てがわからない。
了