タムは、ちりりんとなる送受信機の受話器を取る。
『タム』
静かなアイビーの声だ。
『グラスルーツ管理室に来てください。仕事があります』
「あの、このまま説明は出来ないのですか?」
『伝えるものがあります』
「わかりました」
タムはガチャリと受話器を置いた。
『仕事かい?』
シンゴが声をかけた。
「うん、グラスルーツ管理室に行ってくる」
『おう、がんばってな』
タムはシンゴに向かって、…といっても見えないが、手を振って答えて、
扉を開けて、飛び出して、閉め、駆け出した。
下っていって、グラスルーツ管理室まで。
いつものように急停止。
そして、ノックをする。
こんこん。
「どうぞ」
静かなアイビーの声がして、
タムは静かにグラスルーツ管理室に入った。
アイビーは以前にも増して増えた、
細かいギミックの類を相手にしている。
アスパラガスが増やしたグラスルーツなどで、ギミックも増やしたのだろう。
アイビーの長い黒髪が、床に溶け込んで、様々のギミックと交わっているように見えた。
タムの気のせいかもしれなかった。
「さて、仕事の説明に入りましょう」
アイビーが椅子に座ったまま、タムに顔を向ける。
タムはきょろきょろとあたりを見回した。
アイビーとタム以外誰もいない。
「今回は、一人でやってもらいます」
タムは驚いた。
顔に出たのかどうかはわからなかったが、アイビーは微笑んだ。
「グラスルーツでも伝えることは可能でしたが…」
アイビーは、細かいギミックをぱちりぱちりといじった。
壁に、女の子が映る。
「この子はさっき迷子になった、プテリス・メイという女の子」
ぱっと見、5歳程度か。
長めの髪を右と左につんつんと縛っている。
おしゃま、とか言う言葉が似合いそうだ。
ちょっと洒落たドレスを着ている。
姿かたちをグラスルーツで伝えにくかったのかもしれない。
タムはそう思った。
「雨恵の町、清流通り一番街あたりで見失ったとのこと」
「一番街…」
「一度行ったことがあるはず。壊れた時計を手に入れたはず。そうですね?」
「はい」
「一番街は壊れた時間を内包した街。様々の店が、壊れた時計も取り扱っています」
「そう…ですか」
タムは鳥篭屋を思い出す。
ネフロスと一緒に歩いたとき、真っ先に思いついた店だ。
そこでタムになった。
アイビーは続ける。
「メイの時計が入れ替わらないよう、早急に保護、そして…」
アイビーはまた、ギミックをぱちりといじる。
「これは清流通り五番街。鉱石磨きの水が流れる通りです」
「こうせきみがき?四番街が水を必要とするんじゃないんですか?」
「四番街は、たくさんの水を必要とする住宅街。五番街は質のいい水を必要とする、高級住宅街です」
「水が磨かれてるんですね」
「そう、映し出されているのは、ワイアープランツ男爵の邸宅」
「メイちゃんを、ここに連れてくればいいんですか?」
アイビーはうなずいた。
「迷ったときは大通りから噴水へ。そして、案内看板を見ること」
タムはうなずいた。
ちゃら、と、首にかけた銃弾が鳴った。
「あら」
アイビーが言葉少なに驚いた。
「おまけの包みの中身?」
「あ、はい」
「名前はもうわかったのかしら?」
「え、まだ…」
「わからないならそのほうがいいわ。迷子探しには使わないでしょうし」
アイビーはギミックに向き直ろうとした。
タムが思わず声をかける。
「あの…」
「ヒントだけでも?」
「はい」
アイビーは少し考えた。
そして、
「そうね…3つの銃弾のうち、右と左は、一緒。真ん中はまた別」
「うーん…」
「そして、区分はウォッカ、あとはつづりをよく見て検索をしたらいいわ」
「はい、ありがとうございます」
タムはぺこりと礼をした。
銃弾3つが、ちゃらりと音を立てた。
タムはくるりと向きを変え、扉をあけ、出て、閉める。
「ようし、いっくぞー!」
タムは気合を入れた。
初めての一人の仕事なのだ。
タムはアジトの扉に向かっていった。