どことなく、浮かれた心で緑は真夜中の部屋にいた。
ケイは緑を変人扱いした。
変人扱いは、され慣れてはいる。
しかし、ケイもケイでどことなく変人かもしれないと緑は思った。
挑戦的な視線、二重まぶたの黒い目。
何かに挑んでいる印象と、
構ってほしいとかいう、そういう感じ。
「忠犬が僕としたら、ケイさんは野良にゃんこさんだな」
約束を、した。
明日の食堂で話をしようと。
どんな続き夢なんだろう。
緑はワクワクした。
「ご機嫌じゃないか」
いつもの声。
緑はパソコンをシャットアウトし、電源を切る。
OAチェアをくるりと回す。
いつものように、ネフロスが深緑色のコートとブーツでそこにいる。
「また迎えに来ましたか?」
「暇だったんでな」
「まだタムじゃないですよ」
「もう、タムじゃないか」
緑として気がついたつもりだったが、
タムとして気がついたらしい。
その手は小さく、いつの間にかいつもの大きな緑色のジャケットを羽織っている。
ポケットがいっぱいだ。
タムは壊れた時計を、ポケットの中に入れる。
「表側の世界で、面白いことがあったんだ」
タムはOAチェアからぴょんと降りる。
「なんかあって浮かれてたのか?」
「犬扱いされたよ」
「いぬ?」
「裏側の世界のコケダマみたいなの」
「変なやつだ」
「犬扱いしてた人も、そう言ってたよ」
タムは、きらきらと笑った。
「さぁ、今日はどこに行こう」
ネフロスは苦笑いした。
「日に日に元気になるな」
「表も裏も楽しいんだ」
「まぁいい、これからは裏側の世界の時間だ」
ネフロスが扉をくぐる。
タムが続いた。
出た先はタムの部屋だった。
眠る前にタムがしたように、
扉が天井からぶら下がっている状態で、下りてきてある。
二人はその扉をくぐってタムの部屋に出てくると、
ネフロスは大きな新設歯車を回し、扉を天井に収納した。
扉は天井に張り付いたようになり、
ネフロスは歯車をロックした。
「そのうちアイビーから連絡があるかもな。俺は隣にいる」
「はい」
タムが答えると、ネフロスはタムの部屋を静かに後にした。
足音が少し聞こえ、扉を開く音と、閉まる音が小さく聞こえた。
『やぁ』
風のシンゴが声をかけてきた。
ふわりとタムの周りを回って、髪をくしゃっと乱す。
『なんだか浮かれてるじゃないか』
「なんだかこっちもあっちも楽しいんだ」
『楽しいのはいいことだ』
「うん」
タムは大きくうなずいた。
『包みは開かないのか?』
「ああ…」
タムは思い返した。
ポトスとおつかいに出たときの、小さなおまけの包み。
「正直、どうしようかと思ってる」
『へぇ、あんなに気にしてたのにな』
「うーんとね」
タムは説明しようと考える。
「きっと命の水の銃弾が入っていると思うし、ちょっと怖いんだよね」
『開かなきゃわかんないだろ』
「うーん」
『まぁいいさ、タムが好きなようにすればいいしな』
「シンゴ、中身気になる?」
『いつもベッドに置いてあるのを見ると、やっぱり気になるさ』
シンゴは笑ったらしい。笑い声が響いた。
タムも笑った。
タムはベッドサイドに腰掛けた。
椅子らしいものもないし、
勉強用の机と椅子はしまってある。
ポトスが座ったときは小さく感じたベッドも、
やっぱり大きいなぁとタムは思った。
白を基調とした部屋。
サビ色や鉄色のギミック。
白いカーテン。
見えないけどいる、シンゴ。
天井には緑の部屋へと続く扉。
ここは池のふち二巻き。清流通り三番街。
エリクシルのアジトだ。
いつもの風景と、いつもの、何か起きる予感。
ワクワクと浮き立つような気持ち。
表も裏も変ならそれでもいい。
毎日が充実しているって、こういうことだなとタムは思った。
今日も太陽はぼやけている。
静かにギミックの音が聞こえる。
タムは何をしようか、考え始めた。