タムは裏側の世界へとやってきた。
緑の記憶と感覚も持っているが、
裏側の世界では、あくまでもアジアンタム、タムだ。
日常をぼんやり充実して過ごす、緑。
そして、まだ、裏側の世界を歩き回りたい、タム。
どちらも彼であり、彼でなし。
彼らは二人であり一人だ。
ネフロスにならって扉をくぐると、
そこは、タムの部屋だった。
ネフロスはタムが入ってきたことを確認して、
扉を閉めると、タムの部屋に出来た、新しい大きな歯車を回した。
ぎいこぎいこと、扉は鎖によって宙にぶら下がり、
やがて、仕掛けが止まると、扉は天井に収納された。
感覚的には、扉が天井に張り付いている感じだ。
「これでよしと」
ネフロスは納得した。
「アイビーが危惧してたんだ」
「アイビーさんが?」
「タムは俺たちと違って、表側の世界を歩き回る。もしかしたら忘れるかもしれない」
「忘れる…」
そう、タムは、緑となって、裏側の世界のことを忘れかけていた。
壊れた時計をなくしていたら、こちら側にこれなかっただろう。
タムは壊れた時計を握り締めた。
「お前は眠ると表側の世界に戻る」
「ネフロスさんたちは?」
「表側の世界じゃ、きっとお前は俺たちに気がつかない」
「きっと気がつきますよ」
タムはむきになった。
「気がつかなくていいんだ。俺たちは、お前のことをよく知っている。それでいい」
ネフロスはあやすように、タムの頭を叩いた。
タムは緑より小柄になっている。
それもあって子ども扱いされている気がしたが、
眉間にしわを寄せる程度にした。
ネフロスは鋭い目に面白そうな表情を作ると、
満足して、タムの部屋をあとにした。
タムは、部屋を見渡した。
白い壁、ここには地図が映る。
仕掛けやレバーや歯車だらけの壁。
シャワーの歯車。
机と椅子が出てくる歯車。
扉がつながる大きな歯車。新設。
あとは、ベッドの上のラッパ型スピーカー。
ベッドのふちに、小さな歯車とコップ。
これをまわすと水が出る。
そして、部屋のあちこちは仕掛けだらけだ。
まだ知らないことがたくさんある。
タムは、とりあえず水を飲むことにした。
ベッドふちの歯車を回し、コップに水を滴らせる。
小さな流れの音がする。
タムは歯車を止め、水で一息ついた。
泉の管理はクロがしている。
タムは一つ一つ思い出していった。
部屋はぼんやりした太陽で、明るい。
風はいつものようにカーテンとダンスを踊っている。
「やぁ、おはよう」
タムは風に挨拶した。
なんとなく心は晴れやかになり、
そんなことも言いたい気分だった。
風はタムの髪をなでた。
くしゃくしゃっとして、また、そよいだ。
タムとしてなら、風とこんな風に交流も出来る。
なんと言うか、同居しているような気分だ。
緑としてならどうだろうか。
タムはコップを持ったまま考えた。
キーボードをうって、真夜中の部屋でネットワークを見る。
緑はいつも不毛だと思っていた…らしい。
タムは天井を見る。
緑の部屋へと続く扉だ。
タムは眠っている間に、緑になっていたらしい。
そして、表側の世界に行っていた。
表側の世界は、果たして不毛だろうか。
タムは難しいことは考えないたちだが、
緑の接している世界も、また、世界の一部である気はした。
タムはコップを戻すと、ころーんとベッドに転がった。
「よっくわかんないけど、それもいいとおもうけどなぁ」
緑としてなら、世界は何もかもが大きすぎるのかもしれない。
風は大勢に向かって吹くし、
天気予報とか言うものは、緑の家の庭までピンポイントに予測してくれない。
タムにとっては、まだ、裏側の世界はせいぜい雨恵の町までだし、
風は同居人だ。
小さな世界と大きな世界。
両方わかるなら、それもいいかもしれないとタムはおもった。
ベッドに転がったまま、
タムはあるものに気がついた。
小さな包みだ。
「これ!これだよ!」
忘れちゃいけない、おまけの包み。
いつか見るんだと自分に誓って。
タムは、ばね仕掛けのように起き上がると、
ベッドになんとなく正座した。
目の前には小さな包み。
「では、あけます」
タムはかしこまって宣言すると…
ぽーん
ラッパ型スピーカーから、連絡の音が鳴った。
タムは大いにつんのめった。