想定よりもヴォーグの数が多かった。
その一言に尽きるだろう、フォウルは自分でもやり過ぎたと反省しつつも死体を放って置くことも出来ず、ガラガラと荷車を曳いてハフストへ戻ってきた。
「……いや、あの。ありがとうございますって言うべきなんですけども」
「少しどころかドン引きじゃのぅ……」
「あ、あはは。です、よねぇ」
駆けつけた村の者たちはこぞって目を見開いた、そして揃って一歩たじろいだ。
荷車一杯に積まれたヴォーグの死体。
血抜きくらいは済ませて帰ろうと出発前フォウルは考えていたが、数が数だけに一人でやっていては一晩じゃ間に合わない。
結局その場での加工を諦め、ハフストへと戻ってくる途中にあった集落から何匹かの死体と交換に荷車を頂戴し帰ってきたフォウルだ。
誰もが口に出しこそはしなかったが、心のなかでフォウのことをやべぇやつだと認識したのは言うまでもない。
「申し訳ありません、想定よりもヴォーグの数が多くて。毛皮だけ剥いで持ち帰る予定だったのですが」
「いやいや、ありがたいというものです。今までダメにされた作物もこれで浮かばれる。村のもの全員で処理することにします」
そんなわけで、今日一日限定でハフスト村はヴォーグの食肉加工場と化すことになった。
「お手伝い致します」
「よろしいのですか? 急ぐ旅では?」
「最後までやってこそ、お礼というものです」
「では、重ねてありがたく」
殺されてから時間がそれなりに経過しているだけに、やや鼻を刺激する匂いを放つヴォーグの死体を村人たちが運んでいく。
「えぇと……お強いんですね?」
そんな中、アリサがフォウへと近づき声をかけた。
怪我をしているだろうからと手当するためにだったが、近づいてみればフォウの身体は返り血に塗れているが、傷を負っている様子はない。
「ヴォーグ程度でしたら、造作も無いことです。お心遣い感謝致します」
「程度って……いえ、怪我がないようなら何よりです」
割とアリサに現実感はない。
最愛の幼馴染がなんとかしようと苦労していたことを知っているだけに、なんというか受け入れがたいのだ。
面白くない、とも思っている。
アリサにとってフォウルはヒーローの様な存在に近くもあった。
シズがフォウのことを神と言ったように、アリサもまたフォウルのことを何でもできる人のように思っていた面があったから。
「あー……アリサさん、でしたか?」
「え、あ、はい。そうですけど」
「不躾で申し訳ありませんが、フォウルという人をご存知で?」
「フォウルを知ってるの!?」
そんなアリサの心理を見事にフォウルは掴んだ。
元よりこの予定外の遭遇をどうにか軌道修正しなければと考えていたこともそうだが、ことアリサに関しての嗅覚は鋭いフォウルである。
「え、えぇ」
「す、すみません。え、えぇと、その、フォウルと面識が?」
やや食いつきは想像以上ではあったが、見事にアリサは食いついた。
一歩引きながら話は聞いてもらえそうだとフォウルはフォウとして口を開く。
「私はルクトリアのシスターです。そのルクトリアに持ち寄られた魔物退治の依頼で、何度かフォウルさんとご一緒したことがありまして」
「……そっか、フォウル、魔物退治で頑張ってくれてるんだ……」
「はい。他にもご一緒した方はいるのですが、一際熱心に依頼をこなされていましたので、あまり無茶はしないほうがと声をかけさせて頂いたことがあるのです。ですが、アリサが待っていますのでと」
「~~っ! そっか……そっかぁ……!」
胸に手を当てながら喜びを噛みしめるアリサだ。
なんだかんだで、毎日顔を合わせていた相手で、今は最愛の人。
その動向を少しでも知ることが出来たのなら、これに勝る喜びはないと。
「今回、ヴォーグをこれだけ狩ることが出来たのも、彼の魔物退治技術をご教授して頂いたからと言えます」
「え? そうな――んですか?」
「ええ。自分の育った地域は田舎で、魔物退治のために傭兵を雇うような余裕はないからと研究されていた様子で。お教え頂けないかとお願いしたところ、快く応じて頂けましたよ」
「あー……もうっ、フォウル、格好良すぎるよぅ……好きぃ……!」
色々な感情が天元突破してしまったアリサはくねくねと身を悶えさせ始めた。
そんなアリサを見て、これなら大丈夫だろうとフォウルは胸を撫で下ろす。
フォウからフォウルの情報を伝えることで、自分と同一人物ではないという印象を強く植え付ける狙いは成功したと言っていいだろう。
「フォウ様」
「ん?」
大丈夫、そう思った時。
「ご無事に戻られたようで、何よりです。そして申し訳ありません、未熟な我が失態をどうかお許しください」
「え、え……? シズ、さん?」
「はい。如何なされましたか?」
アリサの後ろから、あまりにも様子のおかしいシズが姿を表した。
「え、えぇと、フォウ、様、とは?」
「は、申し訳ありません。あたしは……いえ、シズはフォウ様の導きを頂戴し心を改めました。これより、フォウ様を我が主と崇めたく。どうか、我が身、我が心、我が信仰を、捧げますことをお許し下さい」
「……え、えぇ?」
ぐりんぐりんと未だに悶ているアリサを視界の端に捉えながら。
どうしてこうなった、と。
フォウルは頭を抱えた。