「仕方がなかったとは言え……やっぱりアリサは妙に鋭い」
予期せぬ帰郷となった。
アリサと会えたことはもちろん嬉しいし、料理の腕を着実に向上させている様子をみれば思わず感動の涙を流してしまいそうになったが、フォウとして喜ぶわけにはいかない。
そもそもアリサの前にフォウの姿を晒す予定はなかったのだ。
フォウという女は偽装身分のために生み出した自分だ。
いつでもフォウルから切り離すことができる存在で有り続ければならない。
ある意味、フォウルがフォウとしてやりたい放題できるのはそういった考えがあるからこそだろう。
もちろん進んで悪事を働くつもりは欠片もないが、仮にフォウがどれほどの汚名を被ったところでも、フォウルという男には関係がないという状態を維持する必要があると考えていた。
その一環として、フォウルと密接な繋がりがあるアリサが、フォウに面識を持ってしまったのは痛手と言えるだろう。
「……まぁ、失敗は次に活かそう」
重ねて言えば今回は仕方がなかった。
だがシズに施した訓練は、これ以上のない成果をあげられたと言っても良い。
魔力暴走による魔力爆発が発生し、近くにいたフォウルがまったくの無傷であった事実。
フォウルに自覚は無かったが、この事実はシズが何よりも欲しかったものだ。
シズが目を覚ませばそれはもうフォウへと謝り倒すこと間違いなしだろうが、巻き込んでしまった存在に謝ることができる。
そして、フォウは言うだろう。気にするな、次に活かそうと。
イチャイチャすることが世界を救うのかはわからないが、少なくともシズは救われたのだ。
そうともフォウルに自覚はない。
自覚はない、つまり当たり前だったりなんでも無いことだと示されたシズが、フォウへどんな感情を抱くことになるのか。
「とりあえず、ヴォーグをさっさと始末するか」
それは恐らく、シズが目を覚ます夜明けと共に知ることになるだろう。
予期せぬ出来事に結びついてしまったが、好都合なこともあった。
それが女の身体でどの程度まで近接戦ができるのか知る機会を得られたということ。
ヴォーグという魔物は狼に大きな角を生やした魔物である。
肉食の魔物で人間を襲って食べることもあるが、この辺りに生息しているヴォーグは人を襲わず、代わりにちょっとした知恵をつけていた。
人間が食べ物を作ると理解していたのだ。
すなわち、畑で作った作物を収穫期に荒らす。
やや一般的に知られている個体とは、違った習性を持つことになった付近のヴォーグではあるが、戦闘能力に大きな違いを持っているわけではない。
「痛い……」
警戒当番でも担当していたのか、群れから離れて行動していたヴォーグを仕留めたフォウルは、大きな胸の付け根をさする。
身体を動かす感覚はほとんど変わりのないものだった。
「巨乳の苦労、こんな形で知ることになるとはな」
脳裏でぎゃーすか喚くかつての仲間が言っていたことを実感として知ることになってしまった。
全力で動けば胸が弾んで付け根が痛くなる。
胸を支えるクーパー靭帯に大打撃だ、これはたまらないと。
「流石にダメージを貰ってないのに
シズやアリサはどうしていたのかと思い返すフォウルだが、生憎彼女たちはそこまで苦労していなかった。
激しい動き、魔物や魔族と戦いでもすれば確かに痛くなるが、その痛みで戦闘行動が阻害されるなどあってはならないわけで、かつての勇者アリサパーティにおける女性陣は、一名を除いて常時スポーツブラを着用していた。
そしてかつてより今まで、女性用下着に関しての情報をフォウルは得る機会がなかった。
今フォウの豊満な胸を覆っているのは、無知が故にルクトリアの服屋店員からオススメされるがままに購入した、セクシー路線の勝負下着である。当然、求める機能性は無いも同然。
「うーん……帰ったらアリサかシズに聞くか? いや、女性なら知ってて当然のことを聞くのも変だよな」
なにはともあれ、ヴォーグ掃討中は我慢するしか無いと、フォウルは頭を切り替えるべく小さく息を吐いた。
「とりあえず、哨戒の役割が与えられてるあたり、ここらのヴォーグはやっぱり組織的な行動ができると考えていいな」
ハフストばかりが被害を受けていたわけではないが、この周辺にある集落はこのヴォーグの群れに何度も煮え湯を飲まされている。
フォウルにしても、完全に根絶できるほど強くなかったため、被害を少しでも軽減するべく間引きや畑に罠を仕掛ける程度のことしか出来なかった。
「恩返し、にしては随分しょぼいけど。この機会だ、近接戦闘のカンを取り戻すついでにしっかり処理しておこう」
人生二回目、それもあの頃よりは強くなっている自分。
求める未来でアリサとの幸せ結婚生活を確たるものにするためにもと。
「行くか」
気配探知の魔法を発動させながら、静かに一歩踏み出した。