ミツキは、建物の一室で二人を解放した。
フォロイもサティーブも、何が何だかわからない顔をしている。
「ようこそ、コープラザ研究所へ」
ミツキが改めて二人に、向かう。
「コープラザ……?」
フォロイが部屋を見回す。
一面白い壁で、パイプ椅子が六個立てかけられただけの、何もない広い空間だった。
「ここはファンドランドだ。引っ越したんでね、研究所は」
「で、何しようっていうんだ?」
フォロイはすっかり毒気を抜かれた様子だが、まだサティーブの目は隙あらばと伺っているようだった。
「特別だよ。試してもらって結構だ、サティーブ」
パイプ椅子を一つだけ自分用に持って来て、ミツキが座った。傲慢そうに足を組むが、少女からは色気も威圧げな雰囲気も何もなかった。
「……なにを……?」
サティーブが、やっと口を開く。
「リズリーを救いたいんだろう? 実験していい。ここには、設備がそろっている。好きなだけ試しなよ」
「まて、それは……」
フォロイが叫びかけるところに、イロイの刀の切っ先が向けられた。
「黙ってろ、サイロイド協会の犬は。おまえは、協会に対しての人質だ。自覚すろよ?」
ミツキは薄い笑いを見せる。
「……どこに行けばいい?」
「下の階で、研究員たちが働いている。そこを自由に使えばいい。すでに言ってある」
「わかった……」
サティーブは、最後までミツキから目を離さないようにして、ドアをくぐった。
「どういうつもりだ?」
フォロイがイロイを警戒しつつ、訊く。
「どういう? あたしは事件を解決しようとしているだけだよ」
「ドロップスが黙ってはいないぞ」
「安心しなよ。そっちの処置もしておいた」
「処置?」
フォロイは検討がつかない様子だ。
ミツキはただ、笑みを浮かべるだけだった。
いうほどのものはあった。
研究所にふさわしい、空間がサティーブの視界に入ってくる。
キャスター付きの壁でところどころ遮られているだけの広いフロアーで、白衣の男女がそれぞれ、作業にいそしんでいた。
「君がサティーブ君だね」
話しかけてきた男は表情が虚ろで、動きもどこか角ばったところがある特徴のない容貌をしていた。
ドロップスと同じタイプのサイロイド。
「ええ……」
返事をすると、男はグラス・ショットを数錠渡して、部屋の中に向き直った。
「客人だ。全員、カバーを脱いでいいぞ」
その言葉が終わった瞬間だった。
部屋は急に丸い空間に様変わりし、白衣の研究者たちもサイロイドの形をかきけすようにして、丸い光の球になった。
「これは……」
自身も同じ姿になり、彼は混乱したようだった。
「驚かせたようだね。ここはロータ・システムの一部。地上とリンクさせた所さ」
「リンク……」
「元々、ファンランドは高度情報化都市として開発されているんだ。これぐらいはできて当たり前という、設計なんだよ」
「それじゃあ、リズリーに会えるということですか?」
「試してみたまえ。ちなみにここは地上でもある。昇ってみるんだね。サイロイドは数体用意してある。使いたければ、君の自由だ」
サティーブは彼女独自の光球を探して、丸い領域から出て上昇した。
やがて、独特の光を放つ球を一つ見つけると、彼はゆっくりと軸索を近づけて行った。
「リズリー!」
軸索は繋がり、光は彼の声に気付いたようだった。
「サティーブ!?」
「やあ、待たせた。君を助けることが出来そうなんだ!」
「本当に!?」
リズリーは素直に喜びに満ちた様子を見せた。
「ああ、だから安心して。これからちょっと情報を弄るけど、大人しくしていてくれ」
「いいわ、あなたに全て任すから」
「ありがとう」
サティーブはリズリーを軸索で巻く様に様々なところに接触させた。
確かにどこから調べても、ロータ・システム内の人間のような情報体だった。
だが、思い付きを試してみる。
「さあ、リズリー。これを飲んで」
グラス・ショットだった。
彼女は迷いなく、自身の体に入れる。
「そして、こいつと契約するんだ」
連れてきたサイロイドの一つを、引っ張ってくる。
「契約って、何を……?」
やや戸惑った声で、新たに表れたサイロイドを見る。
「全てだ。自分を自由に使わせる契約だよ」
リズリーは一瞬難しそうにしながら頷いて、言われたとおりにする。
そういった一挙一動が情報として、サティーブに流れ込んでくる。
やがて、サイロイドとの契約が結ばれた。
「これは……!?」
意識を戻したサティーブが見たものは、バラバラにされて、フロアの一か所に集められた少女の身体だった。
「どうやら、君が考えた方法は失敗のようだね……」
「そんな……リズリー……!」
リズリー・ミートンそのもののサイロイドの死体に近づいた。
「もう一度、やらせてください!」
いうが早いか、サティーブはすぐに再び、ロータ・システムに接触していた。
「サティーブ!」
今度はリズリーのほうから接触してきた。
彼女はまだ生きている!
「どうしてなの!? またあたし、あの時みたいに……」
「落ち着いて、リズリー!」
サティーブは彼女を宥めようとしたが、言葉が続かなかった。
「……ちょっとした、手違いだ。もう少し待っててくれ。必ず、君は助ける」
彼は言うと、名残惜しそうに軸索を離し、地上へ戻った。
丸い下層のロータ・システムに戻ると、彼は部屋から出た。
サイロイドとしての身体が戻り、視界に廊下が続く。
階段をのぼってから、ミツキ達がいる部屋に戻った。
「……ミツキ、俺はどうすればいいんだ?」
サティーブは入るなり、酷く落胆した様子で訊いた。
「もう、わかったでしょう」
ミツキのものは冷たいと感じさせる口調だった。
「ミツキは、ロータ・システム内で生かされているのよ。その契約者にね」
「そいつは誰だ?」
「わからないわ」
「契約者を割り出すことぐらい、できるだろう」
「やってみたけど、無理だった」
サティーブは、思い切り壁を足の裏で蹴った。
「くそっ!」
「でだ……ここまで俺たちを連れてきた理由は?」
まるで他人事のような場違いな雰囲気で、落ち着いた声が響いた。
フォロイだ。
「あんたなんか最初から数に入れてなかった」
ミツキはあっさりと本音を吐き出した。
「正直、さっさとドロップスのところに帰ってほしい存在だわ」
「……言ってくれる」
「でも、一つ頼みをかなえてくれるなら、解放するのを考えなくもない」
「頼みねぇ……」
フォロイは興味があると言いたげだった。
ミツキは察して頷く。
「リズリーの契約者が誰か、ロータ・システムから調べてほしい」
「そんなもの、協会に頼めば、一発だろう?」
「すでに頼んだけど、見当もつかないというのが返答よ」
「ちょっと、待て」
サティーブが声を上げる。
彼はリズリーの光球を見て、感じるところがあったのだ。
「もしも、リズリーから、全ての契約を解除したなら、彼女の存在はどうなる? 彼女がロータ・システムにいるのは、契約したいというやつがいたからだ。そいつが存在しなくなった時、リズリーはどうなるんだ?」
「……異物として、ドロップスが排除ね」
ミツキは答えて続けた。
「そうなる前に、彼女を助ける方法はあるけども……」
「助けるだと!? どうするんだよ!?」
自らの失敗に苛立っていたサティーブは、叫んでいた。
「ロータ・システムを限定する」
「……限定?」
サティーブは何を言っているのか、わからなかった。
「例えば、あんたが下の階で見たようなね」
「あれか……」
ラボの正体は、まさに局地的なロータ・システムのような感じを受けていた。
「やるよ」
ミツキは浮遊ウィンドウを開き、短く、だがハッキリと宣言した。
「やるって、ちょっとま……」
とたん、カーテンを閉めていない窓の外が急に明かりであらゆるところから照りだした。
サティーブとフォロイは思わず自分の身体を見下ろしたが、特に異変はなかった。
二人はすぐに、身を乗り出して窓の外を覗く。
天高くあったはずのロータシステムが、窓から見ると、完全に地上に降りてきていた。
「これは……」
サティーブは驚きのあまり、疑問の言葉を続けられなかった。
「ファンランドを閉じた」
ミツキが何でも異様に、一言で説明しようとしたようだった。
「それだけで、わかるか!? 何したんだよ!?」
サティーブはが思わず怒鳴った。
「自動的にリズリーの契約者は、ここに閉じ込められている」
「なぜ?」
フォロイはその確信の理由を聞いた。
「バラバラ殺人はすでに契約者のモノだからだよ。降ろしたリズリーがそうなったのも、その相手がここにいるということになるの」
「なるほど……だが、俺には関係がない」
フォロイは同じく、バイプ椅子を取ってきて座った。
「むしろ、ここから出して欲しいものだね」
「残念ながら。もう遅い。空間を歪曲させて、ねじ切った」
「殺しても殺したりないなぁ」
「だけど、あたしならまた、ファンランドを解放することが出来る。たかが、契約者風情に、そんな高等な技術はねぇだろうよなぁ」
フォロイは、機嫌悪そうに腕を組んで鼻を鳴らした。
「なら、まだチャンスはあると!?」
「そういうことだ。契約者から解除させれば、リズリーは自由になるかもしれないな」
サティーブに、ミツキは余裕ぶって言った。
「この町のどこかにいるんだな?」
右手だけで浮遊ディスプレイを広げたフォロイは、ファンランドの地図を広げていた。
「ああ、どこかに潜んでいる。ほれ、あたしも行くから、それぞれで連絡取りあってさがすんだよ」
ミツキは二人にそれぞれ、グラス・ショットの小瓶を投げてよこした。
「ったく、面倒くせぇ役回りになったもんだなぁ、俺も」
パイプ椅子から立ち上がって、フォロイはぼやいた。
「あんたなんて、最初は数に入ってなかったんだから、名誉だと思うことだな」
「名誉?」
彼が訊き返す。
「連続バラバラ事件の犯人を捕らえる名誉だよ。なかなかのもんだろう?」
ミツキの言葉に、フォロイは力なく手首を振った。
「どーでもいい事だよ、そんなもの。俺はただ、サイロイド協会に雇われた契約者でしかないんだからな」
「そのサイロイド協会も、ここでは何もできねぇけどな」
低くミツキは含み笑いをする。
「あーそうかい。脳にでも刻んでおくよ」
サティーブが、小瓶の蓋を開けて、床に放り投げた。
中身を全てポケットに入れて、一錠だけ、口に放る。
「さて野郎ども、狩りの時間だぜ?」
ミツキが叫ぶと、三人は、悠然とドアから外に出た。