見つめるのはただ一点。木は動かないけど、だからといって気を抜いてはいけない。
木と木がぶつかってるとは思えないような音がして、メキメキメキ……という音が続き……あ。
本気で打ち込んだら、木を一撃で倒してしまったー!
「気を抜くな、柚香!」
動揺していたら、立石師範が凄い速さでこっちにきて、素早く木刀を振るう。
ぎえっ、私が斬った木の上にいたヘビが落ちてきてたのか!
そしてヘビは立石師範によって真っ二つだ。
なんか、頭がついていかーん!!
木刀って、ヘビを真っ二つにできるもんだっけー!?
「す、すみません。まさか木を倒しちゃうとは思わなくて、動揺しちゃって」
「いや、柳川ならやると思ったけど。あのステータス見た時から」
なんで倉橋くんは私より分かってるのかなあー?
「俺よりSTRもAGIも高いし、絶対やるなって思ってた」
「AGIが高いと攻撃力に載るからなあ。柚香はLV高いし、攻撃力がうちの道場の中では際立ってるんだよな」
うっ……。
ゆ~か LV20
HP 150/150
MP 25/25
STR 45
VIT 50
MAG 8
RST 9
DEX 60
AGI 62
ジョブ 【テイマー】
装備 【初心者の服】【木の棒】
従魔 【ヤマト】
今日の稽古が始まる前に念のため師範に見せたんだけど、倉橋くんが横から見て爆笑してたもんね……。
いや、私も木刀が「木の棒」って認識されてることについては思わず吹いたけど。
村田さんとか、他の門下生は「ひえー」とか「うげー」とか変な声上げてた。
そうなんだよね。普通は冒険者になる前とか、低レベルの頃に入門するんであって、私みたいにLV16にもなってから入門する人間はまずいないのだ。
だから、門下生はこんなステータスは見慣れてない。
道場に通ってるなかで、「高校生だけど冒険者」っていうのは私と倉橋くんくらいだ。後は「普通の高校に通ってて、今のうちは鍛えつつ様子見」とか「社会人の副業に冒険者をやろうとしてて、大学生のうちに道場通っておこうと思った」とかそういう人たち。
村田さんなんかは大学生でかなり強いけど、ダンジョンに入るのはランバージャック稽古の時だけで、冒険者LVは7らしいから……。LV10になったときのステータス楽しみだよね。
ステータスに寄らずに強い。湘真館の門下生はそんな感じ。
「イエエエエーッ!」
「ダンジョンで猿叫するな! モンスが寄ってくる!」
「師範の方が声がでかいです!!」
誰かがうっかりしちゃった猿叫に、立石師範がでかい声で注意して、それに突っ込みが入る。
……愉快な仲間たち過ぎるわあ。
道場ってもっと上下関係が厳しいんだと思ってたけど、立石師範曰く、「笠間自顕流は武士じゃなくて冒険者の流派だから」って言ってた。
武士には上下関係は重要。
普通の道場も、教える側と教えを請う側、その上下関係は礼にも関わる大事なところ。
でも、「冒険者」という視点で見ると、「上下関係」よりも「連帯感」が大事なことがある。
だから、もちろん「礼」は大事にするんだけど、協調性とか程良い距離感とか、そういうものが笠間自顕流では大事にされるんだよね。
私は最初「こんなに緩くて大丈夫なのかな」って思ったけど、「それでいい」らしい。
結局、4層と5層は丸裸になった。ツノウサも化けキノコも、なんならヘビも瞬殺だし。でも、これはいわゆる「戦力過剰」状態で、LVの上がり方は結構遅い。
モンスを倒す方がついで、って変なダンジョンの利用法だよ……。
「そういえば、木ってこうやって倒してもそのうち再生するんですよね?」
ダンジョンで木を斬り倒すという発想がなかったので師範に質問してみた。
立石師範は頷いて「モンスと同じくリスポーンするな」と答えてくれた。
「外に持ち出したら、資源になるんじゃ?」
「ならないんだよな。それはダンジョン初期に『これで資源問題が解決する』ってもう試されてて、ダンジョンから持ち出された瞬間に消えちゃうという結果が出たんだ」
「俺たちが考えるようなことは既に誰か試してるんだよー」
「しかもモンスターも、テイムしたもの以外は連れ出すと消える。よくファンタジー小説にあるようなスタンピードが発生しないのはそのせいだな」
「……なのに伝説金属は持ち出せるって……」
「うわあ、そういえばそうだな!?」
木もモンスターも刈り尽くしたダンジョンで、ひんやりとした風が吹いた気がした。
「怖い怖い怖い」
「気づいてはいけないことに気づいた気がする」
「むしろ、初期になんでも持ち出そうとした中で、伝説金属だけが持ち出せたのか……」
「よーし、今日は撤収だー。俺はホラーは嫌いだ!」
立石師範のでかい声で、その日の稽古は終了になった。
出てきた魔石やドロップ品はダンジョンハウスで換金して、参加者には冷たいジュースが配られた。
それ以外のお金は道場の運営資金に回すらしい。
道理で安いと思ったよ、月謝!
「なんかさー、時々だけど、ダンジョンには自我があるんじゃって思うときがあるんだよね」
ダンジョンハウスの入り口の階段に腰掛けて、暗い海を見ながらみんなで冷たいジュースを飲む。
レモン味の炭酸飲料を飲みながら、ぽつりと倉橋くんがそんな事を言った。
「思ったことない?」
「ないよ」
私がばっさりと切り捨てると、倉橋くんはなんかがっくりしてた。
「慎十郎はロマンティストだなあ」
爆速でジュース飲み終わった師範が、倉橋くんの頭をわしゃわしゃとして嫌がられている。
「やめてくださいよ! 頭弄るのも、その呼び方するのも何もかも! 高校生にもなって名前で呼ばれたくない!」
普段聞かないから忘れてたけど、倉橋くんって慎十郎って名前だったっけ。武士っぽいなー。
「あ、そういえば私もいつのまにか柚香って呼ばれてる!?」
「うっかりだ! 俺から見たら高校生なんて可愛くて可愛くて。つい名前呼びとかしたくなっちゃうんだよなー。倉橋なんか小学生の時から見てるから尚更可愛い」
「くっ……師範だからこれ以上抵抗できない」
そんなところで「礼」が邪魔をするとは。
立石師範は30歳前後かなあ。そのくらいから見たら、高校生なんて子供で可愛く見えるんだろうか。
「ダンジョンに自我があったらって話に戻るんだけどさ」
ぐしゃぐしゃにされた頭を手ぐしで戻しながら、倉橋くんが呟く。
「俺たちって、敵認定されそうー。モンスター倒すだけじゃなくて、木まで伐採するし」
「うわ、ダンジョンに敵認定されるとか怖いなー」
「やめろやめてくれ、俺はホラーは嫌いだってさっきから言ってるだろう」
「初級の上層の方だけだから、お目こぼしされてるんじゃないですかね」
師範を宥めるように村田さんが笑いながら言う。
――まさか、こんなどうしようもない雑談が世界の真理の一端だなんて、その時は知らなかったんだ。